ひとつ前のブログ(国府津〜箱根)の続き〜
5月6日(日)芦ノ湖畔の民宿で 21:30に就寝
が!悲しむべきことに、いつも睡眠時間5時間くらいだから1時頃目が覚めた

もう一度寝たけど、また4時半に目が覚めて、もうそれから眠れずなのでした。
途中で買っておいた鈴廣のかまぼこを朝食代わりに食べる。
エビボール(350円)は三枚橋まで登る途中に食べちゃったので、
四季木ノ葉(350円)

7:10に宿を出発。10分くらい宿のおばあさんとしゃべっていたため。
水をもらって、アクエリアスを750mlくらい作る。
ちなみに、この民宿には朝夕飯がついていません。素泊まりなの。
近くのコンビニで缶コーヒーを立ち飲みし、ストレッチ。
芦ノ湖畔、ほとんど人がいない。昨日は大勢いたのにね。

ここまで道路脇にあった「日本橋から○○km」という標識。
箱根にはないっ!ないですぅ

励みだったのに。
ココが、ちょうど100キロのところ。
箱根芦ノ湖美術館の向かい側

「日本橋から○○km」は国道1号線にのみ置いてあるのかな?
私財を投げ打ってでも、作りたい100キロ看板。
寄贈、って書いておけばいいんだ。
芦ノ湖丼を食べたところや、駅伝の碑、ミュージアムの前と再び歩いて、

箱根旧街道(石畳、杉並木)へ

入口にいた2人組の女性に「おはようございます!」と声をかけたら、あきらかに外人のアクセントの「おはようございます」の返事。シャッター押してあげたり、この道は400年前からある Golden Routeで、京都まで行けるんだよ、と説明してたら、
自分が写真を撮るのを忘れました。京都まで歩いて行ける道、は驚いてました。
時間は8時ちょい前頃。
またこういう道です。だ〜〜れもいません。今日の入山者1号か?


昨日と似たような石畳、杉の道を延々と歩きます。
ああ、良くなったと思った左膝、やっぱりイタイ!
階段の登り下りは完全に 足をひきずらなきゃ歩けません。
でも、がんばって進む。


国道1号に出ました。本当は左側(三島)へ行くべきなんだけど、ちょっと寄り道で「箱根峠」へ行きました。峠から見た芦ノ湖。気温は15度とでてました。

元に戻る。こういう標識。右側へ。
ここはホントに歩道?自動車専用道路では?と思うくらい 人が歩いてないし、車が飛ばしてる。歩道もない。

やった〜〜〜〜!ついに静岡県だ!箱根峠海抜846m

新箱根八里記念碑(峠の地蔵)
橋田壽賀子さん、黒柳徹子さん、桜井よしこさんなどの言葉とサイン


こういうのがあると、道が間違ってないことがわかってイイ。
静岡県はやる気があるようだ。
しかし、是れより京都まで百里(400km)だって。トホホ。

この写真、クリックしてみて。
どっち行きたい?右は暗〜〜いんだよ。

でもね、右を行かなきゃいけないの。
人生 難しそうなほうを選ばないとイケナイ時もあるのだ。
トラが出てきそうな感じ。こういうところがず〜っと続く

兜石跡。
あれ?兜石って私の地図によると右側でもっと先のハズなんだけど、、、
ま、いいや。

また車道に出たと思ったら、また山の中へ

あ!これが兜石だ。さっきのは兜石跡、跡だったんだね。
ホントはさっきのところにあったけど、こっちに移動されたらしい。
そりゃあんな竹やぶの中じゃ、見てくれる人が少ないもん。
豊臣秀吉が小田原征伐の時、休息した際に兜をこの石の上に置いたから かぶと石と呼ばれるようになったらしい。

ここだと、散歩コースみたいで歩いている人も多そう。
こんな道をまたひたすら進みます。


あ、紹介するの忘れてた。
昨日 箱根を登る途中で拾った木の枝。私の相棒。
これがあるとないとでは、疲労度が大違い。
誰かが拾って、捨てて、また拾って、捨てて、そういう感じ。
手頃なのがところどころに落ちてる。

向こうから水戸黄門ご一行様が歩いてきそうな感じ

誰かの家の庭みたいな感じなところに出ました。

進むにつれ、明らかに他人の庭というのがわかる(笑)
でも、この道で正しいんだよ。
住んでる人、毎日のように知らない人が通って不思議な感じだろうな。

三島市に入りました。
また車道に出て、また石畳&杉の道

なんだ?このお墓は?前にお酒が供えてある。

↑雲助徳利の墓
西国大名の剣術指南役だった本名、松谷久四郎は、酒でしくじり国を追われ、箱根に流れてきた。久四郎は雲助たちの相談役になり親分と慕われていたが、酒で命を縮めた。
その後、世話になった雲助たちが死後墓を建ててくれ「あの世でも好きな酒を」と盃と徳利を刻んだという。雲助というと悪いイメージがあるけど、久四郎がいなければ、誰が女性や荷物を運べた?
このお墓にメチャクチャ癒されました。にんまり

雲助徳利さん、ず〜っと箱根を守っててね!
ここから先はしばらく舗装の一般道路

ありました!日本橋から108km。最後に見たのが、88kmだから20kmぶり!
私が見逃したのか、それとも存在していたのか不明。

山中城跡。ここはけっこう人がいました。散歩したり現地の人も。小休止。

トイレにもこんな貼紙が、、、、洗う人がいるんでしょうねイヌを

リュックの腰んとこのハーネスがおかしいと思ったら、切れてました!
ハーネスすごく大事。これがあるとリュックの揺れが少なくて疲労も少ない。




だんだん石畳も 質のイイものになってる
時々、道 あってるのかな?!と心配になるけど、あってる。


この辺だったかな、こわめし坂。
このあたりの坂があまりにも長く、急なので背負っていたお米が、汗と熱でこわめしになったといわれたから。


この辺は、もうふつうの民家があります。キンカンの木


臼転坂






迷いそうなところには「必ず」こういう看板を置いて欲しい。
今まで迷ったところ何ヶ所もあり!ここは親切だ。


JRが来たのでパシャリ。函南駅と三島駅のあたりかな。

街っぽくなってきた

着きました三島大社。源頼朝が源氏の再興を祈願し成就したところ。


首にまいてた手ぬぐいを水で浸す。ひんやりして気持ちがいい。
弥次さん喜多さんの顔出し看板


樹齢1200年、天然記念物のキンモクセイ


うなぎ屋さんを探すと 正面鳥居の真ん前にありました。11:45頃。

うな太郎丼を注文。周りの人も9割がこれを注文してました。
お店のお姉さんに、五十三次を歩いてること、昨日は国府津〜箱根、今日、箱根からここまでやって来て、この後、沼津〜原まで行くつもりだと話したら、応援してくれました。原まで行けますかね?と聞いたら、今の時間に出るんなら大丈夫ですよ。との事。元気が出た。

時の鐘 ここ待ち合わせとか休憩してる人が多かった!

沼津への道

道の左右に一里塚が残ってるところ

長坂八幡宮。ちょっとコースをそれるけど見たかったものがある。

土俵がありました

見たかったのはコレ。対面石。源頼朝がその挙兵を知って奥州から駆けつけた弟義経と、座して対面した二つの石。どっちが義経だったのかな?石に触ってきました。


順調に進んで行くと、

えっ!?

全面通行止?!
橋が途中までしかない! 地図を見て迂回道を探すと、右のほうへ200mくらい行ってそこの橋を渡んなきゃいけない!まじ!そんなに余分に歩くのはヤだよ!
と左側を見たらありました、歩行者用の橋。

潮音寺

日本三大仇討ちのひとつ、平作地蔵

一里塚

玉砥石。1200〜1300年前に玉類を磨くのに用いられた砥石

しかし、沼津には見どころがなんにもありません。
浮世絵だってこんな感じ。湿地帯だったんだって。


左膝も猛烈にイタイ。よっぽどココで引き返そうかなと思ったけど、
まだ14時。せっかくここまで来たんだから、15時までは歩きたいよ という気持ちのほうが強い。歩くことにした。
この日は茨城県で竜巻の災害があった日です。
14時すぎた頃。
風がものすごく強くなってきました。

雲の上からゴロゴロとすごい音。カミナリもどっかに落ちた気配。
そのうち、ポツポツ。雨にしては 服に染みてこないな、と思ったら、
ヒョウだ!5mmくらい
輪ゴムの鉄砲をあちこちから当てられた感じ。
イタタタ、イタタタ、(;◇;)
どっか避けられるところ、ないかな?
タバコの自販機の前に避難。
ビニールの屋根が1mくらいしかないので、ほとんど役に立たず。
大雨になってきたし、場所を変えなきゃ。
↓ヒョウ、見える?

少し先の家の駐車場、あそこまで行こう!
車はありません。
リュックを下ろして、まみプーをコンビニの袋に入れ奥のほうへしまう。
こういう突発的な大雨はすぐ止むだろうし。
もし、家の人が出てきたら「旧東海道を歩いている途中なんです。少し雨宿りさせてください、って言おう」
10分くらいすると小降りになってきたので、再スタート。結局、雨宿り先からは誰も出てきませんでした。
次の「原」という宿場町、この旅をするまでぜんぜん知らなかったとこ。
原までの間にはJRで片浜駅というのがありました。
ふ〜〜〜ん、宿場町の駅以外にもあるんだ。
歩くうちに服も完全に乾いた。
原の手前の遮断機




ここは、跡だった説明があるだけで、そのものじたいはありません。
昔は栄えていたのかもしれないけど、今はさびれてる。
駅も小さい。


時計みたらわかるけど、15:34。15:39の熱海行きに乗ればいい。
パスモで改札を通ろうとしたら、ピンポ〜〜〜ン!
駅員さん「パスモは使えないんですよ」
そうだ!ここはJR東海なのだ。
熱海まで切符を買って清算しよう。
左膝痛い、しかもホームはこの改札でてすぐんとこじゃなく、階段登って降りた向こう側だって。あと5分しかないよ!絶対に走れないし。
しかし、ありました。エレベーター。ありがたいありがたい。
ふだんは絶対絶対に使うことがない文明の力。使わせていただきました。

来た電車はお客さんいっぱい。ガラガラだと思ってたのに!
地元っぽい人、観光客。いろいろ。
熱海まで30分だった。けっこう遠いね。480円。
今まで歩いてきた沼津や三島も通りました。
熱海で乗り換え。
熱海、湯河原、真鶴、この辺は歩かなかったところ。
旧東海道は海側でなく、山(箱根)なんだ。

49.896歩
33.9キロ
前日と合わせて、93,948歩(;◇;)
距離 63.8km
すご〜〜〜〜い!!これだけ歩けるんだね。
左膝痛くて、歩幅も狭く、歩数も増えてるから、
距離は違うし、歩数もふつうならこれより少ないはず。
さすが五十三次中で最大の難所。苦しみました(笑)
難所はあと2回。
次の次に歩く 由比〜興津の間にある薩埵峠(さったとうげ)
その先はその次の次あたりの 金谷にある峠だって。
でも、ここまですごい歩数にはならないだろうな。
原は富士山がよく見えるところ。次回のスタートはここから。
富士山見えるといいな。

現在、日本橋〜原まで約124キロ終了
原〜三条大橋まで 368キロ!
5ヶ月かかって4分の1しか歩けなかった。
でもこの先は宿泊して翌日も歩くので倍の計算で行けると思います。
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