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30年以上横浜に住んでいるのに行ったことがなかった猿島(神奈川県横須賀市)に、ギタリストでドラマーのたまちゃんと行ってきました。

京浜急行 横須賀中央駅から歩いて15分くらい、軍艦三笠がある三笠桟橋へ。

東郷平八郎の像。日露戦争の時、この戦艦三笠に乗ってロシアのバルチック艦隊を破ったことは有名。
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船乗り場。11:30出発
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もう向こうに見えているので あっという間の乗船時間10分。
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途中 近くにいた男性客から「OK Google、、、」という声が聞こえた。
この船上で何を 知りたかったんだろう?

上陸!Land!
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豆知識
猿島は 東京湾最大の自然島で 無人島。
周囲 約1.6km 標高 最高39.3m

猿島の名前の由来は、建長5年(1253年)日蓮上人が房州から鎌倉に渡る途中で嵐に遭って、遭難しかけたとき、1匹の白猿が船上に現れて、この島へ導いてくれた、ということからきているそうです。猿がいなくても猿島。

縄文時代や弥生時代の土器・人骨が出土し、古くから人が住んでいた様子。
現在は無人島。

幕末から第二次世界大戦前にかけては、東京湾の首都防衛拠点となっていたので、砲台跡や弾薬庫が残されていて、
「仮面ライダー」の撮影ではゲルショッカーの基地があるという設定だったり、映画「天空の城ラピュタ」を連想させる場所として人気がある。

Wikipediaによると、
戦後はアメリカ合衆国に接収だが、1947年に渡船の運航が開始、1957年には海水浴場が開かれる。
その後、1993年に海水浴場は閉鎖、航路も廃止されて、立ち入り禁止とされる。
1995年、横須賀市が大蔵省から管理を受託。散策路等を整備し、航路を復活させた。翌1996年には海水浴場も再開された。2003年、横須賀市が国から猿島の無償譲与を受け、「猿島公園」として整備した。

ということは、1993年頃から2年くらいは入れなかったんだ!

ポートデッキ。
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一般的な散策路60分コースへ。島の周りを一周するような道はない。
車もないエコワールド。
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これは昔使ってた焼却炉?
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後ろ姿、たまちゃんが撮影してくれた。
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これこれ、この雰囲気。
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これは兵舎だって。
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眺めるたまちゃん。
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降りかえってみたところ。
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後で調べたら、ここトイレだって。
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とても静か。切り通し(要塞跡)
実際に使われていた兵舎や弾薬庫などがそのまま残るエリア。国史跡に指定されている。
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レンガ造りのトンネル。
フランス式レンガ建造物で現在残されているのは富岡製糸場など全国で数カ所のみ。猿島要塞はその中でも最大規模だそう。
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砲台跡
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日蓮洞窟はここから階段を100段ほど降りる。降りませんでした。
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オイモノ鼻広場から見えるのは、東京や千葉。
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お腹すいたー。戻ったら横須賀でハンバーガー食べよう!
戻る。復路は往路とはちょっと違う砲台跡や展望台へも寄ってみた。
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使わなかったけど、無料貸し出しの杖もあるよ。
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復路は12:45の便に乗船。バイバイ。またね。
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操舵席
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三笠桟橋に到着し、そのまままっすぐドブ板の ネイビーバーガー TSUNAMIへ。
13:30くらいに着いて5人待ち。20分くらい待ったかな。
中に入ってオーダーしてからも20分くらい待った。
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悩みに悩んでトランプバーガー(700グラム)を注文。
歴代大統領名のジョージ・ワシントンバーガー、オバマバーガー、ドナルド・レーガンバーガーもあるよ。
トランプバーガーは強い個性とトゲある一品らしい。
ミートの他にはベーコンエッグ、レタス、トマト、タマネギ、激辛のハラペーニョ、ピーナツバターがバンズに塗り塗り。ピーナッツバターが好きなたまちゃんと、上のバンズを交換しました。
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周りの一般女性達は歴代大統領バーガーなど注文せず、普通のだった。

5人前のタワーバーガー第7艦隊バーガーというのが一番すごいらしい。
いつか3人くらいで食べてみたいな(^^)

お腹減ってたから余裕の完食、ボリューム満点で美味しかった。

猿島は1年中 行けるのだけれども、12〜2月は土日のみの運航になるので注意。冬は寒いのかな。もう一度行ってみたいな。

読んでくださってありがとうございました。
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9月14日(金)
仕事が休みの日。某旅行会社のバス日帰り旅。
横浜ベイクォーター7:00出発。
9時頃 高坂SAで休憩し出発。
その後は何時にどこに着いたかチェックしてな〜いです。
個人旅と違ってツアーの時は、な〜んにも考えないことにしている。

道の駅みょうぎ にバス停車。
そこから山を見ると(写真の”ここ”と書いてあるところ)
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「妙義大権現」の「大」の字。旅人達の目印だそうです。
「山」の 大きさは5m×5m。
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京都や箱根の大文字焼のような「山」だと思って探したから、小さくてびっくり。
駐車場から見ると、星の砂みたいだった。

妙義神社
他のツアー客はいない。
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一の鳥居の先には関東一の壮大さを誇る総門。
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右側の石垣は江戸時代のもの。
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左側に立派な青銅製の燈籠。
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その燈籠の龍の彫り物が見どころのひとつ。すごく緻密。
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妙義神社の大杉
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元に戻って先を進む
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銅鳥居の根元にいる狛犬?これも見どころ。
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この左手にこの神社で一番のパワースポットがあるんだけど、後で書きます。

太鼓橋を渡ると、165段の石段。
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階段が曲がるほどの樹木の力
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上から見たところ
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唐門をくぐると、拝殿、幣殿、本殿からなる御本社があったけど、正面写真撮るの忘れた!
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後ろのココに祀られている天狗様が重要らしい。
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公式サイトの境内案内がキレイです。
http://www.myougi.jp/keidai.html

祠とその下の大きな石、影向岩。
なんとなく惹かれた。
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水神社
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妙義山登山道入口 大の字・白雲山頂コース(上級コース)は立入禁止。
日本三奇景の妙義山、登山者に人気あるんだろうな。
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愛宕社
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急な階段を使わずに、なだらかな女坂のほうで降りる。
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緑の匂い、フィットンチッドが気持ちいい。
ツアー客の最後のほうでのんびり散歩。

この神社最大のパワースポットと言われているのがココ。
境内案内図には遥拝所と○で囲ってある。
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一緒のツアー客は知らないのかスルーしてるよ。
いろんな人のブログ読んでも、知らずに書いていない人も多い。
3本の杉の真ん中の空間。ここにパワーが集まっているとか。
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上を見上げるとこんな感じ。
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特に何も感じなかったけど、ひとりで行ったらちょっと違うかも。

近くにいた同じツアーの人に教えてあげたら喜んでいた。
写真を撮ってもらったよ。
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こんなふうにパワーを浴びておられた。
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ここは、階段登れなくて社殿まで行けない人の遥拝所でもある。

昼食はバスの中で、おぎのや 元祖 峠の釜めし弁当。
30年ぶりくらい。
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この駅弁、すごく有名だけど、あんまり好きじゃない。ごめんなさい。
香の物(キュウリ漬け・ごぼう漬け・小ナス漬け・小梅漬け・わさび漬け)が別の小さなプラスチック容器に入っていたのは感心した。写真左に写っているのがその容器。
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続は榛名神社へ。
1400年前の用明天皇(聖徳太子の父)時代の創建と古い。
祭神は火の神・火産霊神と土の神・埴山姫神。

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随神門
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入って右。いきなりイイ感じの祠。
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みそぎばしを渡ると、大好きな苔だらけ!
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鞍掛岩。本来は洞穴状だったものが奥の岩が落ちて橋のように残った、そうです。
木々の葉っぱが多すぎて、写真だとわかりにくい。
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緑が深くて神聖な空気を感じる
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秋葉神社。参道途中にひっそり。往路では見つけにくいかも。
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ふたつめの鳥居。この先、行けるのかな? 時間が余っているわけじゃないので、ここで引き返す。
このくらい苔のついた古い鳥居、好き。
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千本杉
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塩原太助奉納玉垣
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朝日岳・夕日岳
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祠発見
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狛犬 マンガちっく
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三重ノ塔
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二の鳥居
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その手前にある、ものすごく目立つ、通る人を引き寄せる碑。
「トマトの碑」 マジで?!
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今までいろんな碑を見たけど、これは初めてだわ。
『古谷トマトF1種子特産之碑』が正式らしい。
現在のトマトの先祖「古谷トマト」を作り出した記念の碑。

そして10秒もたってないのに、これまた驚きの塚が!
ハケ ブラシ塚
隣りに ハケ、ブラシ、筆、感謝焼納所がありました。奉納は東京ブラシ講
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筆塚はたまに見るけど、ハケ、ブラシとは、、、
ペンキ屋さんとかが納めに来るのかな。

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落石防止屋根のついた通路
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最後の岩肌に祀られているのが「塞神社」
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神橋 行者渓
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奇岩を楽しみながら散歩
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歌川広重「榛名山雪中図」にも描かれている東面堂という建物の名残の扉
岩肌に扉がついてるの見える? ○でかこっているところ。
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アップも撮りました。
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昔はこの手前に建物があって、この扉の奥に秘仏が安置されていたんだって。
広重のこの浮世絵の真ん中に描かれているのが東面堂。
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萬年泉
「古来農村日照りにて苦しむとき、この御神水を竹筒にいただき 祈願を受け 村に帰り田畑にまけば必ず霊験ありと」
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瓶子の滝(みすずのたき) きれいだ〜 電線がジャマなのが残念。
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御水屋。手水舎とはいわないのかな?
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さらに上へ
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階段から下を見たところ
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矢立杉
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神幸殿
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この岩の間はひんやりして気持ちがいい。
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高いところへ登るとどうしても振り返ってみたくなる
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双龍門
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着いた!本殿
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龍の彫り物が立派
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神楽殿
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額殿と国祖社は2017年度から2025年度にかけて大修復中。

社務所の隣りの扶桑社
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あんまり”扶桑社”という摂社や末社を見たことがないので(出版社くらい)Wikipediaで調べてみたら、
中国伝説で東方のはてにある巨木を扶桑と呼ぶらしく、巨木の生えている土地を扶桑国とも言うんだって。
ということは、ここに昔から巨木があるってことだね。

そして、本殿の裏が 榛名神社の御神体 御姿岩(みすがたいわ)
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どうして落ちてこない?雷おちたりしないのかな?大きな台風が来たら?
自然の力を感じずにいられない。
岩が好きな人にはたまらない神社。見どころいっぱい。

和歌山県新宮市の神倉神社のゴトビキ岩のほうが凄すぎるので、
ここのはそれより小さめで、なんとなく がんばらなきゃ!という親近感がわく。

ちなみに、神倉神社のゴトビキ岩の日記はこちら
熊野速玉神社/神倉神社/花の窟/産田神社、伊勢へ
http://curiousmamiko.blog105.fc2.com/blog-entry-427.html

おみくじに興味がないのでやらなかったけど、
複数のおみくじがあり、御神水開運おみくじは人気みたいでした。
ツアー客の最後(だと思う)ゆっくりバスへ戻る。
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駐車場にある 上州名物焼きまん。
みなさん、これ目当てで早く帰ってきてたのね。アツアツで食べるの苦労されてました。
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しかし榛名神社、これで上野国の六宮とは!
1〜5の宮を知らないので、何とも言えないけど。
時間とお金があれば、全国の1〜6の宮に行ってみたいな。

最後は赤城神社。
群馬県には赤城神社が3つあると知ったのは、榛名神社でバスに戻る最中。予習しようとスマホで検索したら、そう出てきた。添乗員さんに聞いたら「赤い橋があるところです」という回答だったので、他の2つには赤い橋がないんだろう。

赤城山の山頂、大沼の大洞赤城神社。標高は今回の3つの中で一番高い。
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創建は不詳。
祭神:赤城大明神、大国主命、磐筒男神、磐筒女神、経津主神、豊城入彦命
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狛犬
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拝殿と本殿
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赤城山の山頂カルデラにある火口原湖、大沼(おのと読む)の湖畔にある。周囲は約4キロ。
これがね、とっても良かったの。しずかーーーで。
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社殿はこの日に行った他の2つよりも、新しい建物で色も鮮やかでみやび的。
古いのやボロい方が好きなので、ちょっとあれだけど、場所がステキでした。
四季折々の自然がきれいだろうな。

平安時代後期から室町時代の小鳥が島出土鏡というのが出た、という看板。
最近、鏡に興味があるわたくし。
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小鳥が島の多宝塔
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御朱印や御守りに興味がないので、いつも社務所はチラ見か、全く見ないのだけれども、ここはなぜだか惹かれてしまい、授与所というのでしょうか、御守り売場、に入りました。
いやはや、季節ごと、男女ごと、願いごと、いろいろ種類があり、2つ買いました。
私に御守りを買わせてしまう力、すごい(笑)

復路、高坂SA(上り)で休憩。
小田原揚げ「吉匠」
http://odawara-kisshow.com/
アジの唐揚げ(180円)しお味を購入。写真は公式サイトより
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頭からしっぽ、骨までまるごと食べらる。
塩は まろおやかなピンクロックソルト。
庶民魚が大好きなわたくし。
美味しくて、あっという間に完食。もっと買えば良かったな。

車なしでひとりで日帰り不可能な上毛三社巡り、
本当に行って良かったと思いました。

読んでくださってありがとうございました。
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前日9/8 諏訪大社下社春宮・秋宮/みそ天丼・千人風呂の日記はこちら

9月9日(日)
6時すぎ起床。
雨は降っておらず曇り。精進のつもりで何も食べず出発。
歩いて8分くらいでJR茅野駅東口。駅の上を横切って西口方面へ。
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前回泊まったホテルの裏にある まん丸の巨石に挨拶。また来ましたよ!
この旅を計画したのが4日前だったから、駅に近いそのホテル取れなかったんだ〜
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ここから諏訪大社上社 前宮までは、甲州街道歩きゴール翌日に歩いたところなので地図も不要。
(何度も書きますが、諏訪大社というのは4つあるのです)
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上社の御柱祭の里引きの時、角のついた御柱(メドデコと言う)が冷たい川を引きずられるその場所。
前回はそれがココだと知らなかったのでスルーしてしまった。
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今回はしっかりその場所まで行ってみる。小高い展望台まであるんだね。
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前宮まであと100mくらいになった時、身体がジーンとしてきた。
↓ここが100mのとこだったかはわかりません。
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前宮のパワーを感じる。
スキスキ光線を出しているから、「またよく来てくれたね」と言ってくれてるのかな。

8時頃、上社前宮到着(茅野駅から徒歩20〜30分)
諏訪四社の中で一番好きなところ。
他の三社はきらびやかなのに前宮は色もついておらず地味。
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鳥居をくぐってすぐの溝上社。
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社務所が開くのは9時からだから人も少ないだろうなと思ったら大間違い。
御朱印目当ての人達が20人くらいたむろしていた。

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神殿跡の看板
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手水舎
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春宮と秋宮にもあったナゾの八角形に囲われた場所。ここにもあった。
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中には何もなく石がゴロゴロ。ここは一体何なのだろう?
ただし、ここには「神紋 穀(かじ)の木」の看板がある。
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諏訪氏の家紋が梶の葉だとは検索結果でわかった。
他は何も出てこない。誰か教えて〜〜

狛犬
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境内図
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ここが鹿の頭を捧げる御頭祭神事が行われる場所「十間廊」
野ざらし感じがステキ。
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内御玉殿
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御室社
戦国時代まで、ここに土室を作り、穴巣始という冬ごもりの神秘的な神事が行われていた。
お社の上にパックに入った食べ物が置いてあったよ。さっき置いたばかりな感じ。
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諏訪照雲頼重の供養塔
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さらに坂を登っていく
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見えて来ました。全体写真。
右に一の御柱、左に二之御柱が写ってる。
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由緒看板
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前宮さん、またここに来られて嬉しいです!
大好きスキスキ光線発射。
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現在のお社は、昭和7年に伊勢神宮の遷座祭後のお社の用材が移築されたもの。
よって、元伊勢神宮だったお社なんです。

一之御柱
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二之御柱
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8:30頃、神主さんが来られ太鼓を叩いて祝詞をあげられていました。見れてラッキー。
熊野の神倉神社、熊野速玉神社でも、見た事があるので、どの神社でも朝やっておられるんだろうな。
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隣りには名水「水眼」の清流
神殿の禊ぎの水として使われていた。
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三之御柱
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ここは全部の御柱を見れるし触れる。
他の三社は一と二は触れても、三と四は見ることはできても、離れていて近寄ることができない。
これも何かワケがあるんだろうな。これもなぜなのか誰か教えて(笑)
諏訪大社には本殿がない。
この前宮の拝殿のずーーーっと向こうには守屋山があり、それが御神体とも言われている。
いつか登ってみたい山。

社殿の裏も通れる
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四之御柱
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一之御柱と四之御柱が一緒に写るように撮影。御柱のアップ。
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Rちゃん夫妻と合流。
もう一度、すべての柱を見たり、写真を撮ってもらったり。
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御手祓道
1ヶ年75回あった神事の内で最も大きい祭事である御頭祭(酉の祭)の儀式が最高潮になる頃雅楽が奏でられる中を○○の使者に選ばれた「おこうさま」が乗馬し その行列が松明をともし、トキの声をあげて神殿のまわりのこの○を三回逆にかけめぐった内県小県の諏訪領内の郷村をまわって農作物の豊饒を祈る神まつりに出発する神使い○この道をまわり大祝即位のトキにこの道をめぐっている。今も一部にこの道の形跡を残す。安国寺史友会
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旧神社大祝の居館・神殿跡
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神願門址
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境内の案内板から探すと、これが「大石さま」かな?
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前宮の周りにはまだまだたくさん祠があるんだけど、これはまたいつか見学ね。

車で5分くらい。神長官守矢史料館へ。
ここ、前回休館日で涙を飲んだところ。
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その直前手前にあった神社。名前忘れちゃった!写真も黒っぽくて見えない。
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神長官守矢の表札
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守矢さんって、大国主命の次男 建御名方神が国譲りで武甕槌神(鹿島神宮の祀神)に負けてこの地 諏訪に逃げてきた時、それまでここにいたミシャグチという神様に仕えていた筆頭(神長官)だった人。

祈祷殿。一子相伝で行われた祈祷や神長官として受け継がなければならない儀式をしたところ。
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明治維新の国家神道化政策で、日本の古い土着宗教が排斥され、守矢神長官も職を剥奪された。
もし、続いていたら、日本有数の古い神代からの一族だったかもしれない。
「最後の神長官」となった76代の守矢実久さんを最後に秘伝は受け継がれなくなり、
現在の当主78代の守矢早苗さんは、女性でお子さんがおられないので、78代続いたのが途切れてしまうのです。秘伝は受けていないそうすが、お祖父さんに聞いたことなど、お話されて文章にされています。
興味が出たら検索してみたらいいよ。

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↑100円払って中に入ると、鹿や猪の頭の剥製、ウサギの串刺し、猪の頭皮、鹿の肉と脳味噌の和え物にショックを受けるでしょう。江戸時代中期に御頭祭を見た菅江真澄という人のスケッチが残っていて、それを再現したもの。
奇祭中の奇祭「御頭祭」は、さっき行った前宮の十間廊で現在でも4月に行われている。
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昔は、75頭の鹿の頭を生け贄にしていたが、現在は剥製が3頭くらいで行われている様子。見たことがないからわからない。「生贄の鹿の中に、必ず耳が大きく裂けた鹿がいる」という伝承があり、諏訪大社七不思議のひとつ。
これがその耳裂け鹿。
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サナギ鈴、御贄柱(おにえはしら)
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江戸時代以前は、御神(おこう)と言って選ばれた小さな子を生贄として御贄柱にくくりつける儀式も存在したようで、時代が進むにつれ、このような柱に変化していったようです。
前日 秋宮で買った鹿食免 鹿食箸(神様からの肉食の許可)の説明をしてくださる。
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重藤弓(しげとうのゆみ)、藤刀(ふじがたな)、根曲太刀(ねまがりのたち)
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昨夜諏訪SAで夕飯した後、Rちゃんの友達(現地のガイド!)が”行ったほうがいい”と教えてくれた「小袋石」のことを聞いてみると、車だと5分くらいと教えてくれた。この後 行こう!

帰宅してから撮影したパンフとチケットと購入した資料。
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帰って読んでびっくり!
右側は前宮周辺の完璧な周辺ガイド。これさえあればどこでも行けるよ。
左のは茅野市作成の神長官守矢史料館のしおり。守矢早苗さんの寄稿もあります。

庭にある 御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社へ。
定休日でもここは入れるので、前回見た。
諏訪信仰の原点がここだと私は思う。
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ただ、近づくと、震えがきて目に見えない何かを感じる人がいるかも?
そういう人は、帰ればいいのです。無理せずに。
私も前回、来ちゃいけないところ?と感じました。
でも今回、いろいろネットや本でここがどういうところか調べて来ました。
そしたら、ぜんぜんそういうのを感じず、なぜかほんわかした気持ちに。
こういうのをパワースポットと言う人がいるけれども、私は違うと思います。
パワーというか結界というか、関係者以外立入禁止みたいな気。

小さい祠もいくつかあって、全部に御柱が建っている。
この神長官守矢史料館 御頭御社宮司総社は機会があればぜひ行って欲しい。
ちょっと勉強してからね。

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史料館を見下ろす感じで建っている。
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裏は 大祝諏方氏墓所。
建御名方神(タケミナカタノカミ)の子孫である大祝諏方氏は、諏訪明神の現人神として崇められていた一族で、中世まで諏訪上社領を治めていた人。
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奉納されていた石碑の後ろに、三千年の光明なり諏方一族 安らかに眠られよ と彫られていた。
諏訪湖を一望できる静かな丘の上で、これからもずっと見守ってくださるだろう。

お墓から御頭御社宮司総社を見たところ。
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屋敷を出るとかわいいワンコがいた。すっごい美人、美男?
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Rちゃんの友達に教えてもらった、小袋石(おふくろいし)へ向う。
史料館の人の「この史料館の隣りの道を登って行って、火葬場の手前に看板がある。石の手前にお社が4つ」という言葉を頼りに。
Rちゃんが「万治の石仏くらいの大きさですか?」と聞いたら、笑いながら手をふって否定していた。
こちらの人は、万治の石仏が比較対象物なのね。
ちょっと迷いながら 看板あった!
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最初は「え?この道?」と思うような獣道だがすぐに草のない山道になる。
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しばらくすると、見えた!
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磯並社
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瀬神社
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さらに登っていく
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穂股社
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標高880m近く。あった!あれが「小袋石だ!」
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小山ほどの大きさ。万治の石仏より大きい。
石の後ろにはすき間があって、水がちょろちょろ流れている。
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触らせてもらう。
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信仰遺跡。高さ12.3m。「舟つなぎ石」とも言われ、頂上が舟をつなぎやすい形になっているんだって。
どういう形が想像もつかないけど、大昔、諏訪湖の水面がここまであって、舟をつないだと言い伝えられている。
すごーーーーい!諏訪湖は倍以上の大きさだったのかな。

石に一番近い玉尾社
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禁止 境内地に付き植物混虫等採取を禁ずる と書いてある
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さあ、降りよう。
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ここ、ある程度、ヒントもらっておかないと、探すの難しいわ。
いろんな人のブログを読んだら「見つけられなかった」って人、多いもん。
まずは看板の存在を知らないと。そして存在を信じること(笑)

次、GPSで探したのは「諏訪上社旧大祝邸跡」

住宅地の中だった。
平成14年(2002年)に最後の大祝が跡継ぎ不在のまま亡くなったため、無人となり、現在は諏訪市が管理している。
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天保年間改築当時の屋敷平面図「諏訪上社旧大祝邸跡」
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書いてあることは、
この一帯は、近世に諏訪上社の大祝が居館を構えた場所です。大祝いとは、諏訪明神の依り代として諏訪社の頂点に位置した役職で、上社大祝は古代から近世末に至るまで世襲された「諏方氏」を名乗りました。中世までは諏訪の領主として政治権力を掌握、江戸時代に藩主諏訪家と大祝諏方家ができ政教が分離され、明治維新を経て 神官世襲制度が廃止されるに伴い 大祝職も廃止されました。生き神を祀る信仰が存在しつづけた神社は全国でも珍しいと言われています。
大祝の居館は、中世までは前宮の神殿にありましたが、遅くも織豊期にはここに居館を構えたと考えられ、それに伴い周辺に宮田渡と呼ばれた集落が形成されました。東に流れる旧宮川は堀の役目を果たしていたとも言われています。
文政十三年(1830)に焼失したのち天保年間(1830〜44)に再建された建物が、敷地とともに縮小を繰り返し、主屋については、近現代の大きな改修跡はあるものの、北側の3つの部屋はほぼ天保年間の姿を保ったまま現代まで残されています。他に、江戸時代の表門、土蔵が残っています。

大祝邸 見学路入口
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見学後はしめてください
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大祝家のイチョウ
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土蔵
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平成14年まで(16年前)住んでいただけあって、カーテンまだ茶ばんでおらず白で、生活感が残っている。
20年位前に来ていたら、お話とか聞かせてもらえたのかな。
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門を出ると、周りは祠がいっぱい。全部御柱付き。
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裏はウォーキングコースになってました。
ということは、どこかに地図があるんだね。欲しいわ。
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車で本宮へ。
鳥居前の参道は完全に観光化している。
春宮と前宮にはまったくそういうのがなく、秋宮もそれほどでもない。
本宮が一番集客力があるんだね。
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狛犬
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手水舎
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隣りの龍の手水舎は、熱いお湯が出ている。
こんな熱いので手を洗い、口をゆすげと?
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五穀の種池
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上社筒粥殿跡
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天流水舎
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神楽殿 「牛の一枚革では日本一」の太鼓
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にぎやかだなと思ったら、子供たちの相撲大会をやっていた。
みんなすごく真剣勝負。
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そう、今回写真に取らなかったけど、大相撲史上最強の力士「雷電」の像がここにはある。
五間廊
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勅使殿
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神馬舎
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二之御柱
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出早社
イボ石神を祀っている。
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さて、
諏訪大社4社それぞれ4本の柱、
計16本の中で一番見つけにくいのが本宮の三之御柱。
見せたくないといっているとしか思えない。
春宮や秋宮みたいに、柵の前に行けば見えるってもんじゃない。

柵じゃなくて、塀みたいな大きな門が閉じてあって、その上か下(地面まで20cmくらいの間がある)から見るしかない。
背が低いから腕を伸ばして適当に撮ってみたら写ってた。
白っぽい木。上が冠落としで尖らせてあるでしょ?これが三之御柱。
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今検索したら、隣りのお寺からだったらよく見えるとわかった!
次回、行かないと。

布橋
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大国主社。大好きな大国主命を祀っている。しっかり拝んできた。
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四脚門。以前はここから硯石、そしてその後ろにある守屋山を拝んでいた。
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今の拝殿は東(前宮)を向いて拝んでいる。
二つの参拝ラインがある珍しい神社。
これにもナゾがいっぱい。
これが硯石。
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中に入ると再び手水舎
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社殿
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勅願殿
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勅願殿の右側に四之御柱の遥拝所がある。
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春宮・秋宮の近寄れない三と四の御柱にはこんな看板なかったのに、なぜここだけ?
そしてここには 今まで感じたことがないとても爽やかな風が山から降りてきている。気持ちいい!
ここが一番のパワースポットと言われているのがわかる。
ずっとここにいたい気持ちになった。


最後に一之御柱。本宮一之御柱がいちばん格式が高いんだって。
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最後に訪れたのは、そこから車で5分くらい?の諏訪市豊田の千鹿頭神社(ちかとうじんじゃ)。上社の摂社。
前日 上諏訪神社の観光案内所で聞いた時は「峠入口」のバス停で降りて山のほうへ歩くと言われたところ。
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手水舎と思われる
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水神と彫ってある石
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由緒書きの看板を探したけど、見つからない。
拝殿。額は「濱南宮」と書いてある。
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千鹿頭神社は5社あるらしく、ここはそのうちのひとつ。
他には、松本市千鹿頭山、諏訪郡茅野町下河原、諏訪郡富士見町に2社。

周囲に摂社末社がいくつかあった。
御社宮司社以外は名前チェックするの忘れてたよ〜
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御柱もありました。
うっかり 二之御柱を撮るのを忘れちゃった。
写真は1と3と4。
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神社巡りはここまで。
ランチに連れて行ってくれたのは、養命酒製造(株)がプロデュースする「くらすわ」。
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諏訪湖が見えてめっちゃオシャレ!!大人気店なのがわかる。
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ランチメニューはこだわり野菜のサラダバーとドリンクバーがセット。パンも食べ放題。
これは公式サイトからの写真。
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どれもこれもおいしくて幸せになりました(^^)
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これでおしまい。
今回Rちゃん夫妻の援助がなければ、まちがいなく、小袋石・旧大祝邸跡・千鹿頭神社は行けてない。
いっぺんにたくさん回れて本当に嬉しかった。ますますもっと知りたくなったぞ(笑)
本当にありがとうございました。

青春18きっぷなので、帰りももちろん各駅停車。
見るだけでも貴重なめったに来ない「はまかいじ」が来たよ。
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松本〜甲府〜八王子〜横浜と乗り換えなしで行ける便利な特急。
観光シーズンや繁忙期の土曜日・日曜日・祝日で1日1往復。
そんなにめったにない電車。昨日もたしか見たな。
あ〜これに乗れたらラクなのにな(笑)青春18では乗れない。

青春18きっぷでも乗れる「ホリデー快速ビューやまなし号(新宿行)」に乗車。
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到着した時点で満員だった。
どうせ立ったままなら2階がいいやと思い、行ってみると、こんな状態。
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でもね、どこか忘れたけど次の駅で座れたの(^^)v

家に着いて、すごいことに気がついた。
今年に入ってからずーっと痛かった左腕の痛みが激減してる!!
背中に手はまだ届けないけど、肩を回しても痛くないのだ。不思議。
土曜の夜は確かにまだ痛かった。
この日 行った場所が良かったのかな。これがご利益なのかな。
神様、どうもありがとう。
日記を書いている今日(9/17)痛みは戻ってきました。

前日9/8 諏訪大社下社春宮・秋宮/みそ天丼・千人風呂の日記はこちら

読んでくださってありがとうございました。
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9/4、友達と青春18切符で日帰旅計画だったのに、台風接近で中止に決定。
切符の使用期限9/10。2回分をひとりで使わなくてはならなくなった。
どこに行こう?

それなら、、、
2年半前にゴールした甲州街道の終点諏訪。
御柱祭の最終日で、人が多すぎて下社をゆっくり見られなかった。
そうだ!諏訪に行こう!
駅からちょっと歩くけどホテルも取れたし。

9月8日(土)
3:30 起床。
30分歩いて最寄り駅へ。そこから東神奈川駅へ。
5:35 東神奈川駅発 JR横浜線
6:31八王子駅着
6:35 八王子駅発 JR中央本線 松本行き
ほとんど寝ていたけど、甲府あたりまでかなり混んでいた。
日野春駅で通過電車だったか、対向車の待ち合わせ。7分。
ホームに降りてストレッチ。
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乗り換えなしの3時間はけっこうツラかったな。
9:36 下諏訪駅着

駅ホームにある平成22年に下社秋宮三之柱として使われていた御柱。
3分の1の長さにカットしたものと万治の仏像のレプリカ。
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雨が降っているので、折りたたみ傘を出し、リュックにレインカバーをかけたり、準備。
とりあえずは駅の隣りの観光案内所へ。
と思ったらその手前に 街かど博物館があったので入ってみる(入場無料)休憩もできるよ。
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観光案内所で地図をもらい、外へ出ると、どしゃぶり。
駅前には左右に御柱。
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正面から
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まずは下社春宮へ。
ご存知の方も多いと思いますが 諏訪大社は4つの社のことを言います。
諏訪湖の北側に下社の春宮と秋宮。
南側に上社の前宮と本宮。
諏訪大社に行ってきた、と友達が言ったとしたら、何宮を見てきた?と聞くのがいいでしょう。

歩き出したら豪雨になってきたよ。あっというまに、靴が水靴に
雨は小降りになったりどしゃぶりになったり。
大門通りの鳥居。
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諏訪大社の家紋「梶の葉」のロープが。
見えるかな?下社は5本足、上社は足が4本。
春宮は下社なので5本。
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途中にあった力石
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ひゃ〜〜豪雨になってきた!
下馬橋と春宮の鳥居が見えてきた。↓鳥居はギリギリ右に写ってる。
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下馬橋。
年2回、遷座祭とお舟祭の時、神様を乗せた神輿がここを通る。
どんなに身分の高い人でも、ここで馬を降りて参拝しなければならなかった。
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春宮入口正面の電信柱の間にひっそり道しるべ発見。
「左 志も社」と彫ってあるのかな。しもしゃ、下社。
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ほら、すごい雨でしょう?
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手が雨でびしょびしょだけど、手水舎で手を洗う。
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諏訪大社さん、また来ましたよ!
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参道は川状態。
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拝殿。
見回す限り、私の他に2人くらいしかいない。
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結びの杉
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杉の右側には御柱を落とす坂。
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ここと結びの杉の間にある階段、その上にある八角形に囲われたところ。
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これは何でしょう?ナゾの囲い。
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このピンクの丸で囲った場所↓
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ちなみに、この後に行った秋宮、前宮にもそっくりなのがありました。どこもひっそりと。覚えておいてココ。
それぞれの時に写真アップします。

春宮一之御柱
前回来た時、まさにこの柱を建てたばっかりだった。
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一之御柱の後ろのほう(立入禁止)のところからに四之御柱がある。
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ここから見えますよと書いてないので、知らずに帰る人もいる。

二之御柱
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この後ろのほうには、三之御柱が見えるんだよ。忘れずに見てね。
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雨でもキレイだなぁ。
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春宮と次に行く秋宮は、地元の宮大工だった大隅流の柴宮長左衛門と、立川流の立川富棟が技術を競い合って造ったもの。

左右片拝殿
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拝殿右側の若宮社・上諏訪社
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子安社
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筒粥殿
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万治の石仏へ向う。川は氾濫一歩手前。
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浮島社 
あら、雨が止んで日が出てきたよ。
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それでも川は濁流。雨がすごいと通行止めになるんだって。
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岡本太郎さん大絶賛の万治の石仏
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まだ雨上がりで、前はどろどろ
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手元のアップ
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さあ回りましょう!
1. 正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる
2 石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する
3. 正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する
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さよなら〜またね!
浮島社はどんな大雨でも決して流されることがないんだって。
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道ばたに小さい祠。小さくても立派に御柱が立っている。
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雨が止んだから写真を撮り直そう(笑)雨上がりでまぶしい。
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参道を見たところ
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さあ次へ

春宮から秋宮まで徒歩15分くらい。
その間で天気が良ければ富士山が見えて景色がイイとされるところ。
雨は上がっていたが曇りだったから見えなかった。
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道しるべあるから迷うことはない。
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慈雲寺 竜の口
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信玄ゆかりの矢除石へ
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これがそう。
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慈雲寺の天桂上人を信玄が訪ねた時のこと、師はこの岩の上に立って「私を矢で射てみよ」と命じました。
信玄の家臣が至近距離から禅師に向かって射ても、矢は全て岩にはね返され上人にあたることはなく、
信玄は、矢よけの石の念力がこもった矢除札を受け、戦場に赴いたとの伝説がある。

秋宮への道は中山道でもあるから一里塚がある。
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伏見屋邸はお休み処になっていて、声をかけたれたので、入ってお茶と菓子をいただき、30分くらいお話をした。
今度は、3/3前後に来なさい。ひな人形と吊るし飾りのイベントをやっているからって。
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諏訪大社下社の末社の一つ、御作田社(みさくだしゃ)
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「諏訪大社下社七不思議」のひとつ、「この神田に植えられた稲は1ヶ月で穂が出る」といわれている。
大雨の後でドロドロだったけど、足元に気をつけながら参拝した。
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右にあった石碑
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左が田んぼ。斉田っていうんだって。
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外堀の石垣から出ている清水。
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飲んでみて、、、、、、、、やめとけばよかったと思いました(笑)
予想以上に温かく、味もついている。聖水といえばそうなのかも。

宿場町なのでそれっぽい趣きの街並。
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にぎわった旅籠つるや跡。
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本陣は今回も閉まっていて見れなかった。
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ここが中山道と甲州街道の合流の地。前回何枚も写真を撮った場所。
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正面にあるお店の角の石の台(水道だったかも?)にカメラを置いて、自撮り。
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諏訪大社下社秋宮に到着。
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下社は春宮と秋宮があって、半年ごとに神様が遷座される珍しい神社。
2月1日に秋宮から春宮へ、8月1日から春宮から秋宮へ。

ということで、今は秋宮にいらっしゃるのでした。
手水舎
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鳥居をくぐって、数歩進むと、身体がジーンときた。
あ!やっぱり神様、ここにいらっしゃる!
「下社の神様。また来ましたよ」と挨拶。

根入りの杉。樹齢約800年の御神木。
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昔から国家に変事がある時は唸りを発するとも言われたり、
丑三つ時になると、枝を垂らして鼾をかいて寝るとか、
この杉の木の落葉を煎じて子供に飲ませると、子供の夜泣きが止まる、
皮を使った御守りを持たせると、夜泣きする子供がよく眠れるようになるなど、
様々な伝承があり、下社七不思議の一つに数えられている巨樹。

おお!拝殿では結婚式の記念撮影中でした。
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一之御柱
2016年5月甲州街道ゴールした時(御柱祭最終日)、初めてみた御柱。
建てられたばかりだった。覚えていてくれたかな?
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奥のほうにある四之御柱。ここも近くによれない。
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二之御柱と後ろの三之御柱
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子安社・賀茂上下社・八坂社
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見えるかな?銀色のやつ。
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底の抜けたひしゃくが奉納されている。
子安社は、昔からお産の守り神として親しまれ、底の抜けた柄杓は水が通りやすいように、お産も楽にと願いを込めて奉納されたもの。春宮にもあった。
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左から皇大神宮社(末社)・若宮社(摂社)・稲荷社(末社)
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神宮遥拝。伊勢の方向?
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左右片拝殿 重要文化財
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さざれ石
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これこれ!欲しかったやつ。
鹿食免 鹿食箸(かじきめん かじきばし)
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鎌倉幕府以来、肉食は禁じられていましたが、諏訪大社は「鹿がなくては神事ができない」ということで鹿食免・鹿食箸を持っていれば、肉を食べてもよいということになったようです。鹿や猪だけでなく、四つ足で歩く動物はOK。
やったー、これで正々堂々お肉が食べられる(笑)
お箸は社務所で売られている御柱箸でなく、ふつうのでした。
ちなみに、これは春宮では売っていません。(春宮で聞いたら「こちらでのお取り扱いはなく、秋宮にあります」と言われた。ということは、神社では前宮では売ってなく、本宮にあるのかも?←これは未確認です。

日本一の大きさといわれる狛犬。寒川神社のも大きいと思うんだけどな。
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自撮り
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境内右側にある手水舎。龍の口から出ていたのは熱いお湯だった。
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参道を下る途中に発見!!
この地図の○のとこらへん。春宮にもあった謎の8角形の囲い。
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なんでしょう? ちなみに翌日の前宮にもあり、本宮にはありませんでした。
鳥居から入ってくると、こういうふうに見える左側の場所です。
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千尋社
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それでは秋宮さま、さようなら。また来ますね。
下諏訪駅へ向う。
途中の、門前ひろば食祭館にある、無料の足湯「和楽」
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降ったり止んだりの雨で、ぜんぜん乾いてない靴下と靴を脱いでつかる。
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せっかくイイ気分なのに、濡れている靴下と靴をはくのはイヤだったな。
ここの横にも以前の御柱があったよ。
秋宮二の古柱
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駅前の横断歩道にあった旗。
下諏訪町の「やしまる」と「万治くん」
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駅前の御柱と綱のところにも足湯があった。
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駅にあった 下諏訪南小学校5年2組さんが作った「下すわガイドブック」
おばちゃん、こんなステキなガイドブック見たことないわ!
作ってくれてありがとう。
先に見つけていればよかったな。
和菓子屋さん、今度行こう。
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電車の時刻までだいぶ時間があるから、歩いたほうが早いんだけど、
ホームでまったりしたかったので、電車を待つ。18切符あるし。
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隣りの「上諏訪駅」
ここは初めて降りる駅。
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ホーム上に水とお湯、足湯があった。
足湯は満員だったよ。
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駅を出て左にある観光案内所へ。
腹ぺこなので、名物を尋ねると「ミソ天丼」とのこと。
美味しい店を尋ねると「駅の7軒向こうの いずみ屋さんが近いです」と教えてくた。
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信州諏訪 みそ天丼 880円だったかな。税込みで1000円弱。
みそ天丼、お吸い物、ごま?豆腐付き。
大好きなワカサギや野菜類のサクサク天丼、おいしかった(^^)

茅野のホテルのチェックインまではまだまだ時間がある。
どうしようかな?
今回行きたい場所のひとつ「千鹿頭神社」へ今からバスで行けるかな?
観光案内所へ戻って聞いてみる。
さすが案内所の方だけあって、ちょっとマニアな神社でもアクセス方法ご存知でした。
でも、今からでも明日でもバスではかなりの難度の高いところで、
今からだと2時間後のバスで行けるけど 帰ってくるバスがない、
明日だと、、、、、(ここに書くのがめんどくさいし、ほとんどの人がわからないだろうから書きません)
ようは、今回は無理っぽいことが判明。ま、いいか。

とりあえず、今から片倉館へ行ってお風呂に入ろう。
東口から西口(諏訪湖側)への行き方がわからないので、駅員さんに聞く。
簡単だった。

途中の歩道脇にあった街灯。めずらしい形なので撮影。
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歩いて10分くらいで到着。
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片倉館は見ず、千人風呂に入る。バスタオル持ってきたし。
昭和の初期に建造され引き継がれてロマン漂 う天然温泉大浴場。
撮影禁止なので拾ってきた画像。
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深さがあり、立って入るお風呂。下には黒い石が敷き詰められている。
淵に段差があるので、そこに座れば大丈夫だが、チビな私には少ーーし微妙。
お風呂の温度は快適(^^)41度くらい?
お客さんも、それほど多くなく、たえず10人いるかいないかくらいだった。

お風呂上がりは冷房機の前に座り、ボーーーッと。至福の時。
もう夜まですることがないので、ゆっくり荷物をまとめ、上諏訪駅へ戻る。
駅の西口。
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東口の道路をはさんで向こう側は大きなスーパー?を建設中だった
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ホームへ
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反対側に、飯田線直通豊橋行きが来たよ。
飯田線、また乗りたーい!ここからだと6時間以上かかるだろうな。
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茅野駅到着。
観光案内所でめぼしい地図がないかチェック。
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だいたいどこへ行く時も、あらかじめ地図は用意しているが、
観光案内所があれば、必ず寄ってよさげな地図がないか、おもしろそうな情報がないかチェックしている。
2年前に親切にしてくれた おばさんがまだいた。
私のこと、覚えてないだろうけど、今回もすごく親切に対応してくれたよ。

東口には、茅野が誇る縄文土偶(縄文のビーナスと仮面の女神)の看板。
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ホテルに向う途中、駅から2分くらいの場所に犬射原社(上社の末社)を発見。
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創建は不詳だが800年には造営の記録があるくらい古い。
御祭神は大己貴尊、建御名方命、事代主命。
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ここにもちゃんと四本の御柱があったよ。
諏訪や茅野のどんな小さな神社や祠にも、御柱があるのは驚き。
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ホテルの前にも森ノ木社。
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(略)古い時代は、神を祀るところを森といった。森ノ木社の起源は明らかではないが、森ということばを今に伝えていることから、その創立は古いとしたい。(略)昭和57年阿弥陀堂遺跡の発掘によって、平安時代の集落跡が発見されたことから、森ノ木社の鎮座も鎌倉時代以前に遡るとしてもよい。
もちろん、御柱があったよ。

ホテルでまったり。
夜は茅野在住の友人夫妻にドライブに連れて行ってもらった。
夕飯は諏訪湖SA下りのレストランでワカサギ定食。
ワカサギ、食べたかったのよ(;_;)
翌日の諏訪大社上社周辺の計画にものっていただき、車で案内してもらえることに。
やったぁ!甲州街道ゴールしてから(する前にも少し)、諏訪のこと、いろいろ検索して独学していた。
行きたいところ、これで回れるぞ!
Rちゃん夫妻に感謝して、ふとんに入る。

翌9/9 諏訪大社前宮・本宮・守矢資料館・小袋石・旧大祝邸跡・千鹿頭神社日記はこちら 帰ってきたら不思議なことが起きました。

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昨日(8/10)青春18きっぷで、”日帰り遠出の旅”をしようと有給休暇を取っていたのに、朝起きる時間を1時間間違えてしまい、中止にしました(;_;) 寝坊ではありません。
1時間違うとどうなるか、計算してないけど、たぶん家に帰ってくるのが23時になるかと。
この旅は無期延期。

起きる時間ミス、過去にもあるのよ〜
ひとり旅の良さはここ。同伴者がいたら大変。

ということで、今日はどこに行こうかな〜と考えたところ、
すぐ行ける鎌倉で、ふだんなら行かないところ、よっぽどヒマじゃないと行かない所巡りをすることに。

10:20頃、横須賀線に乗車。
すでに満員。鎌倉の大混雑がこの時点で想像される。
10:32、鎌倉駅到着。やっぱり人、多いよ。世界中から。
日光と鎌倉って、どっちが世界からの観光客多いのかな?
と思って調べたら↓
http://www.mugihiro.com/room/2018/06/201806.html
鎌倉2100万人、日光1070万人でした。

駅を出て、若宮大路を通り、鎌倉郵便局の隣りの道を歩く。
もうこの時点で歩いているのは私ひとり。駅にはあんなに人がいたのに。
鎌倉郵便局の隣りの道80mくらい?歩いている時、渋滞の車1cmも動いてなかったよ。

本覚寺
行ったことがあるからパス。
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今日の最初はこういうコース
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まずは 八雲神社へ。駅から10分かからない。
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ぜったいに誰もいないだろうと思ったら、結婚式が始まる前でした!
入っていいのかな?とウロウロしていたら、どうぞ!と言われたので、ふつうに参拝しました。
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Wikipediaによると、
源頼義の三男、新羅三郎義光が兄の八幡太郎義家の奥州攻めの力添えで出陣の際、鎌倉に疫病が流行しているのをみて、京都祇園社の祭神を勧請し、祭ったのが始まりと伝えられる。
明治より前は、鎌倉祇園社や祇園天王社と呼ばれていた神社。

御祭神:須佐之男命(すさのおのみこと)・稲田比女命(いなだひめのみこと)・八王子命( はちおうじのみこと)・佐竹氏霊(さたけしのみたま)

入ってすぐ、寛文10年銘の庚申塔と猿田彦大神石碑
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手水舎
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新羅三郎手玉石と御神木
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末社の諏訪社、稲荷社、於岩稲荷社
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於岩稲荷社って、お岩様って書いてあるけど、あのお岩さん?
拝殿の左にあるこのお社を見ていると、結婚式が始まった。お幸せに!
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神社右に、祇園山ハイキングコースの入口。
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行こうかどうか迷ったけど、1時間くらいかかるし、暑いし、虫がいっぱいいそうだったから今回はやめた。
秋に来よう!
入口横には、末社の三峯神社と御嶽神社。
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少し戻って 常栄寺。通称ぼたもち寺。
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処刑のため刑場(現・龍口寺)に引かれて行く日蓮に、尼僧が胡麻ぼたもちを捧げた。この後、日蓮は刑を免れたことから「御首継ぎに胡麻の餅」として有名になった。
このお寺は前に見たから今回はパス。

妙本寺。
頼朝の重臣、比企一族の屋敷があったところ。その後、日蓮に帰依し、法華堂を建てて、現在にいたる。
ここも以前行っているのでパス。
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通りすがりにあった 蛭子神社。ここは初めてだ。寄ってみよう。
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手水舎には水がない
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ご祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)
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ひっそりしていて、駐車場になっていて(笑)いかにも村社らしい。

鎌倉江ノ島七福神のひとつ妙隆寺(寿老人)の入口
ちょうど人力車が通ってイイ感じの写真になった。
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わ!あった!
宝島社のVOWという読者投稿おもしろネタ本をご存知でしょうか?
若かりし頃、さんざん笑わせてもらった本。
そこに載っていたやつ。
加茂歯科。もちろん病院のマスコットもカモシカ
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カモシカが歯ブラシ持ってる
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この古民家はカフェ。
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向っているのは東勝寺跡。

その手前、青砥藤綱旧蹟。
ここ!今回私が行きたかったところのひとつ。
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青砥藤綱は、鎌倉時代に存在したとされる武士。
執権北条時頼の頃に、活躍したとされる人物。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、こういう逸話。

鎌倉滑川をまたぐ東勝寺橋。謎の人・青砥藤綱が銭十文を探した「現場」です
http://www.owners-style.com/2014/07/post-955.html
↑ここのを添付

ある夜のこと。藤綱は、役所に出かける際、滑川を渡ろうとして、
うっかり流れの中に、お金を落としてしまったのです。

その額、十文(今だと10円くらい)

そこで彼があわててしたこと・・・

人を走らせ、銭五十文をはたいて松明を買わせ、それで川底を照らし、

落とした十文を拾い上げました。

ですが、これを聞き、皆が笑ったそうです。

「あなた、それでは四十文損しているじゃないか」

ところが藤綱が言うに、

「そうじゃない。
川に落とした十文をそのままにしてしまっては天下の損失。
そのお金は二度と人々の間を渡り歩くことがなくなってしまう。
私が松明を買うのに支払った五十文は、私にとっては損だが、
天下のことを考えれば損じゃない。世の中を回っていき、皆の利益となる」

ここがその十文を落としたとされる”現場”。
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10才くらいの頃、小学館の「お話宝玉選」に、藤綱のこの話が載っていて、まさかそこが現存するとは思っていなかった。
何十年もたって、ここに来れたのは何かの縁。
藤綱が呼んだのかな?
で、この後、藤綱邸跡に行くので〜す。

橋の隣りの 東勝寺橋ひぐらし公園
うっそうとしていて暗い。
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東勝寺
北条一族の菩提寺だったところ。
Wikipediaによると、
新田義貞の軍勢を迎え撃つべく、北条高時ら北条氏一門が当寺に篭もったが、成すすべもなく自ら火を放って自刃。
『太平記』によると、自害した者は一族・家臣283人、あとに続いた兵も合わせて870人余であったという。
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発掘調査で、炭化物の層が何cmも出てきたそう。焼け落ちた証拠だね。
今は国指定史跡で静かだ。
この奥、北条高時の腹切りやぐらへ
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一族など数百人がここで自害し、鎌倉幕府は消滅。
う〜〜〜〜〜〜。ここは凄みがある!
「霊処浄域につき参拝以外の立入を禁」の看板。

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怖いとかは全く感じなかったけど、心霊スポットでもあるらしい。
知らないで来たらぜんぜん大丈夫だよ。
祇園山ハイキングコースの一部だしね。

さあ戻ろう。

土佐坊昌俊邸址
義経追討に活躍した土佐坊昌俊の屋敷跡。
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鎌倉七福神のひとつ宝戒寺(毘沙門天)
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入ってすぐの草ぼうぼうの中に 北条執権邸旧跡碑。
ここも来たことあるからパス。
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岐れ路から 金沢街道方面へ、1本裏の「田楽辻子(でんがくずし)のみち」を歩く。
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文覚上人屋敷跡
鎌倉の名物僧侶。海の嵐を鎮める法力を持ち、頼朝に平氏追悼の院宣をもたらしたという伝説の人物。
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鎌倉の切り通し(朝比奈、名越、大仏、化粧坂、亀ヶ谷坂、極楽寺坂、釈迦堂口、巨福呂坂)のひとつ、釈迦堂口。
だいぶ前から通行止めなのは知っているが、どこまで行けるのか行ってみよう!
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途中、総ヒノキ造りの家がありました。
すごいヒノキの匂いがしたよ。お風呂もヒノキかな?
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釈迦堂ヶ谷の看板
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売地の看板。
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さらに進むと、
通行禁止の看板。ガケ崩れ、直さないのかな?
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ファエンスのすき間から撮影
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凱旋門みたいな一番大きな切り通しがあるのに、残念だ。

田楽辻子(でんがくずし)のみちへ戻る。
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上杉朝宗及氏憲邸址
鎌倉公方を補佐する関東管領として、足利氏満・満兼に仕えた上杉朝宗と、子の氏憲の屋敷址。
全く知らないわ。
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竹林で有名な報国寺へ向う。
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報国寺入口。
はい、ここは観光客どっさり。何度か来ているので入口だけ見てパス。
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橋のたもとの 石仏がかわいかった。
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金沢街道へ戻り、朝比奈切通方面へ進み、本日のゴール、青砥藤綱屋敷跡へ。
そう、さっきの川で十文落とした人。
報国寺からすぐ。
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この橋を右に渡ったところの角に、、、
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屋敷跡の碑がある
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以下、青砥藤綱の墓(富岡・青砥)より引用
http://www.ne.jp/asahi/koiwa/hakkei/jyuumonsen.html

青砥左衛門尉藤綱は鎌倉時代の執権、北条時頼に仕え、引付衆として幕府の訴訟審理を担当し、権力にこびない公平な裁判に努め、生活は常に質素を心がけ、清廉潔白な人柄といわれました。

青砥左衛門賢政の事(太平記・巻第三十八)
青砥左衛門某という者がいた。数十ヶ所の所領を治めていて、財貨もやはり不足してはいなかったけれども、衣装は麻の粗末な直垂を着、絹ではない織物の大口袴をはき、飯のおかずは焼塩と乾し魚一匹のほかにはつけなかった。

藤綱さん、このあたりに住んでいたんだね。
この川も、鎌倉時代はもっとキレイだっただろう。
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金沢区富岡のバス停「青砥」からバスで鎌倉駅へ戻る。歩くと30分くらい。
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来たのは満員のバス。
この先もお客さんが乗ってきて、超満員。12分くらいで到着。
車の往来が多くて、歩くのイヤなんだな、この道(金沢街道)。
今日は暑かったからバスで帰ったけど、季節よければ、歩くべし。

読んでくださってありがとうございました。
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