6月15日 小岩ジョニーエンジェルでの甲虫楽団の初ワンマンライブのために、なんちゃってサージェントペパーズ衣装を作っています。
サージェント表紙

5〜6年前に古着屋でショッキングピンクのジャケットを1000円で買っていました。
最近 痩せたので着られるようになり、念願のこれをサージェント衣装にしようと思い立ったのです。

元はこんな感じ
サージェント衣装1

両面テープを貼って、金色のリボンがどれくらい必要かを測りました
サージェント衣装2

金ボタンは家にあったものを使用。
作るのが難しい肩章(エポーレットというらしい)は、友達に作ってもらっている最中。

途中経過
サージェント衣装3

袖口の金ライン、本当は4本なんだけど、腕が短いので2本にしました。
左腕に黒いワッペンがあるんだけど、サージェントのワッペンを持っているのでそれを付ける予定。
サージェント衣装4 サージェント衣装5
サージェントワッペン

完成までもう少し。
少しずつしかできないので。

ちなみに、メンバーでなんちゃってサージェント衣装を着るのは私だけ。
見たい人は、6月15日のライブをぜひ見に来てください。
これを着て叩くにふさわしい曲、やります!

ライブ終了の日記はこちら

サージェントポール サージェントリンゴ

そして6月中旬、完成しました!
サージェント完成2 サージェント完成1


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ひとつ前のブログに書きましたが、歩きにハマってしまった私は、小田原〜箱根3回目歩きをしました。
今回は女子バンド仲間の友達が2人同行。ウォーキング初心者でなく、どちらもウォーキングが好きで富士山登頂経験者。

それなら大丈夫!
集合場所は小田原駅。日本人の母と米国人の父を持つボーカルのSちゃんは、電車が遅れ 集合時間に間に合わないからと品川からは新幹線を使ったそうです(笑)

この区間はさんざん今までブログに写真を載せているので、今回はほとんど載せてません。私のデジカメ内は、MさんとSさんばっかりですし。

小田原~箱根湯本の三枚橋までは 6~7kmくらい?
ふつう、箱根を歩く人達は、箱根湯本の三枚橋か畑宿から歩く。
小田原からは尋常ではない。
旧東海道歩き経験者の私ならではの「お誘い」
小田原からだと16.5kmくらいになり、しかも、後半は天下の剣の箱根八里なのだ。

三枚橋を渡ったところ。
ふたりの荷物が大きすぎる。いったい何が入っているのか?
3人で箱根5

畑宿の五十三次の宿場町が全部書いてある壁を見て、
ここからここまでを歩いているんだ~~と感心するふたり。
3人で箱根6

五十三次歩きでココを歩いたのは去年の5/4。
タイムマシンで一年前に戻って1日待てば私が来る。
励ましてやりたい。
完歩できるよって。

甘酒茶屋。
先週行った時「5/3もまた来ますよ!今後は外人の友達つれて3人で」と言ったのを店の人は覚えていてくれた。
日本語ペラペラのSちゃんに質問攻めをする女性店員さん、ケッサクでした。

尊敬する女性ドラマーMさんと
3人で箱根1

宿泊先は仙石原
夕暮れの富士山/翌朝の富士山
3人で箱根7 3人で箱根8

翌日は朝から散歩
3人で箱根3 3人で箱根4
3人で箱根2

ウォーキングが好きな二人には 「よくがんばりました賞」をあげます。
だって前日は23キロくらい、33,000歩。
ふつうの人だったらここまで歩けないよ。お疲れさまでした!
二人とも、高尾山よりず~~っとキツいと言っていた。
うん!その通りだよね。
また「ウォーキング合宿」しよう!
4月15日に五十三次歩きを完歩した後、歩かずにはいられないビョーキになりました。
歩かないと心配。

歩くのが好きなのか、それとも江戸時代を感じる道中が好きなのか、はっきりわかりません。
が、歩くのが好きなような気がします。

こうなったら もう一度 神奈川県の宿場町9つを東→西、そして 西→東に歩いて極めることにしました。
9つの中で一番キツかったのはどこか?
それは、神奈川県内だけでなく五十三次の中でも 最もキツかったところ。
箱根

小田原〜箱根を4月27日にひとりで、
5月3日に女子ロッカー友達2人と歩いてきました

先に 4月27日にひとり2回目の日記を今さらアップします。

1年前の本チャンの時は 国府津からのスタートだったけど、今回はハイキングという気楽な感じ。

小田原駅
箱根2度目1

駅から徒歩15~20分くらいのココがスタート
箱根2度目2

去年も確か同じような場所で写真撮ってるなぁ(笑)
去年は箱根に向かって右側を歩いたが、今回は左側。
こっちのほうが日陰なのだ~~
箱根2度目3 箱根2度目4
途中の説明は去年書いたので、今回はナシ

小田原駅から1時間15分くらい。
ココが箱根湯本駅から少し下ったところにある 三枚橋。 この橋を渡る。
箱根2度目5

すごーーーく天気も良くて、緑もキレイ。
去年も全く同じ。私はやっぱり晴女だなぁ
箱根2度目6 箱根2度目7

ここは右の道/右へ行くとすぐ旧東海道の看板
箱根2度目8 箱根2度目9

写真右のあたりから、箱根登りの始まり始まり!
箱根2度目10 箱根2度目11

いろんな「○○坂」を登っていくが、これが最初。
割石坂。最初「キツいな~」と感じたけど、トレッキングポール(杖)出して使ったらラクになった。
箱根2度目12 箱根2度目13
箱根2度目14 箱根2度目15

この階段を登ったら畑宿
箱根2度目16

箱根2度目17 箱根2度目18

箱根2度目19 箱根2度目20

箱根2度目21 箱根2度目22
途中、いろんな人とお話した。
やっぱり箱根は歩いている人がチラホラいる。
さった峠、日坂峠、鈴鹿峠、だ~~~れにも会わなかったもん(笑)
あ、日坂はひとり会ったかな。

話しかけた人達もみんなイイ人!
話終わって「がんばってください!」って別れて、私がランニングトレイルみたいに、
小走りで石畳を登って行くのを見て驚いていた(笑)

箱根2度目23 箱根2度目24

たくさんある箱根への坂の中で、一番キツいのがココ。
橿木坂(かしのきざか)
箱根2度目25 箱根2度目26
箱根2度目28 箱根2度目27 

猿も滑る 猿滑坂
箱根2度目30 箱根2度目31
ここを登ってホッとして道路を渡ったら、、、、
箱根2度目32

最後に猛烈なのが待ち構えてます
箱根2度目33 箱根2度目34

追込坂。これはほんのちょっとの坂で、これが終わると極楽!
箱根2度目35 箱根2度目36

旧街道資料館と天国の甘酒茶屋
箱根2度目37 箱根2度目38

この世で一番おいしい餅
箱根2度目39 箱根2度目40

店の人に「去年も来て、その時は五十三次歩きの途中で、その後も歩き続けて、こないだやっと完歩しました。また歩きたくなったから どうせなら最大難関の箱根にまた来ました。そして来週もまた来ます!」と言ったら、大喜びしてくれて、そういうふうにお客さんに言われるのが一番幸せなんだって。

ここから箱根の宿場、元箱根までは1時間かからない。

去年もこの道祖神に挨拶したので、今年も挨拶。
また来ましたよ!って。
箱根2度目41 箱根2度目42
箱根2度目43

ここからは下り。向こうに見えるのが芦ノ湖。
去年取り損なったから今年はしっかり撮影。
もうちょっと前へ進んでから撮ろう、と思ってたら、
見えなくなってしまったのだ~~
芦ノ湖が見えている時間は短い。
箱根2度目44

箱根2度目45 箱根2度目46

箱根2度目47 箱根2度目48
箱根関所。500円いるし、去年行ったから入りませんでした。
箱根2度目50

帰りはバス。
箱根湯本経由小田原行き(箱根新道を通る急行)1150円。
歩いたらタダなのにね。

満員だったけど 95%くらいが箱根湯本で下車。その後はガッラガラ。
小田原まで40分くらい。

あ~~~~、なんて今日は 楽チンだったのでしょう(笑)
去年と目的が違うから、精神的にもラクだった。




五十三次を完歩した3日後。 4月中旬。
美輪明宏さんの黒蜥蜴を見たついでに、日本橋に報告に行きました。

その前に、京橋にある歌川(安藤)広重居住跡へ。
広重が死ぬ前の10年を過ごしたところです。
広重住居跡1 広重住居跡3

広重住居跡2
ここは全然知られてない場所。
ひっそりありました。
ちなみに、歌川(安藤)広重は襲名制なので、何人かいるのですよ!

銀座ルテアトルは、京橋の橋の隣。
京橋テアトル前 美輪さんテアトル

紅白でのヨイトマケの唄の影響もあって(なくても)超満員。
今回で2度目の黒蜥蜴鑑賞。
美輪さんのお芝居はほとんど見ていて、その中でも黒蜥蜴が一番ドキドキなので好き。緑川夫人(宝石泥棒の黒蜥蜴)の役で、何度も変装や衣装変えするのでおもしろい。
入口にはファンの人が作ったお人形。毛糸のやつは前回もありました。
美輪さん2 美輪さん3
美輪さん1

今回もオーラ爆発で素晴らしい舞台。
明智小五郎の役の人、すごい幸せだろうな。
14:30~で15分休憩が2回あり、終わったのは18時でした。
クロロフォルム、爬虫類の称号、、忘れられない言葉だ〜

その後、暗くなってきた 日本橋へ。
石の橋を触りながら「1年3ヶ月かかって京都まで完歩してきましたよ!」
と報告。橋も「よくやった!」と喜んでくれている感じがしました。
ココを出発した日の事は昨日の事のように覚えています。

左:西→東へ歩いたら日本橋はこう見える/右:東から西に向かって見たところ
完歩後日本橋1 完歩後日本橋2
完歩後日本橋3 完歩後日本橋4
完歩後日本橋5

ここが五街道の出発地点でありゴール。
秋に計画している○○街道のほうへ向き、
「秋に来ますのでその時はまたヨロシクお願いします」と言っておきました(笑)



4月15日にゴールしたのに、忙しくてなかなかアップできず、
3週間もたってしまいました。これは4月15日(月)の事です。

とうとうこの日が来てしまった!
2012年1月16日に始めた東海道五十三次歩き、東京日本橋~京都三条大橋まで492km。
この日で18回目になる。今考えてみたら、15~16回で行けたかな~という感じ。

最後の日、4月15日。距離が短く20kmくらいなのでゆっくり7時半頃起床。
JR瀬田駅前にあるホテルから北側の景色、向こうのほうに琵琶湖が見える。
瀬田1

昨日の最終地点の一里塚まで行く。8:50スタート。
瀬田2
そこから西へ。こんな風景。草津市はこういう道案内板。
瀬田3 瀬田4

電信柱にも「旧東海道」とあり
瀬田7 瀬田8

琵琶湖から流れている瀬田川の「瀬田唐橋」
上流に見えるのが琵琶湖。ほとんど見えない
瀬田12 瀬田13
瀬田14 瀬田15
瀬田16 瀬田17
ググってみてびっくりしたんだけど、この瀬田川って、宇治川、淀川と
名前を変えて大阪湾に流れ込む。だって!出世川だ!

昨日 三井寺に行く途中に乗り換えた石山(JR・京阪)駅のほうへ向かう
瀬田20 瀬田21

石山駅前の「宮本むなし」でハンバーグ定食
瀬田22

石山駅を越える
大津1 大津2
大津3 大津4

浮世絵「大津」のポスターのお店がちらほらある道を進む
大津5 大津6 大津7 

よく地図を見たら、道中沿いには琵琶湖が見えるところがありません!
ココまで来て琵琶湖を見ないなんてもったいない。
なので 寄り道してちょっとだけ見に行きました。
小学校の修学旅行で1泊した時 以来の琵琶湖。
大津8 大津9

元の道に戻る。
大津10

木曽義仲(巴御前の旦那)と松尾芭蕉のお墓がある「義仲寺」
松尾芭蕉って、道中どこでも唄の碑があるけど、ここに眠っているのね。
大津11 大津12

大津のマンホール。
大津13 
滋賀県庁の裏あたり。大津駅のあたり。
大津15 大津14

この付近 ロシアの皇太子が遭難した地、だって
大津16 大津17
この通り、ずっとまっすぐ旧東海道と電信柱に表示がしてあるけど、途中で京阪京津線に沿うように左折します。
国道1号?161号?に沿うのです。旧東海道と書いてあるほうへ行かないこと。

こんな感じの道路。右側歩いていたら左に本陣跡があった、、、望遠で撮影
大津18 大津19

この道路、国道1号?161号?車がかなり走ってます
大津20

蝉丸神社(このあと2ヶ所ある)
信号機渡ってすぐの神社なんて素敵!鎌倉の御霊神社もこうだよね。
大津21 大津22

大津23 大津24

百人一首のアノ蝉丸!盲目の琵琶法師。
逢坂の関所の近くの庵に住んでいて、人々が行き交うのを見るのが好きだったといわれています。
大津42

大津25 大津26

大津27 大津29

右側歩いていたら、突然 安全な歩道がなくなった!
前から車が向かってくる、やば~~い!
左側に渡らなきゃ~~
左側へ渡る横断歩道と信号機、ちゃんとあります。
大津30 大津31

しばらく左側(京阪と国道に沿って)を歩く。
車がバンバン走っていて、かなり空気悪い。
暑いけどマスクをしました。

右側にまた蝉丸神社が見えたら、その前の横断歩道渡ってください。
ココね
大津32 大津33

ココ渡らないとその先、困るよ!絶対に絶対に渡るべし。
押しボタン信号だけど、押したらすぐ青になるから。

こういう感じに右側を歩く
大津35 大津34

しばらくすると常夜灯があって、休憩処がある
大津36 大津37

蝉丸の歌の碑
大津38
「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」
意味:これがまあ、旅立つ人も旅から戻ってくる人も、いったん別れてはまたここで会う、知る人も知らない人も、ここで出会う、そういう場所、その名も逢坂の関なのだ

清少納言の歌の碑
大津39
意味:まだ夜深いうちに、ニワトリの鳴き声を真似てだまそうとしても「逢坂(おうさか)の関」はそう簡単に開きませんよ!私は決して貴方に逢いませんから!

片方は車やトラックがばんばん通っているが、片方はそうでもない。
そちらを進む。こっちね。電信柱に旧東海道って書いてあるからわかる。
大津40 大津41

浮世絵 大津はこの辺
ootsu70.jpg 
大津浮世絵 ootsu71.jpg

またまた 蝉丸神社
ootsu74.jpg ootsu73.jpg

坂を下っていくと歩道橋。ここも看板があるのでわかる
ootsu75.jpg 大津76


しばらく京阪や国道沿いに歩く。スレスレまだ近江の国なのよ
大津77 大津78

ココ!分岐点
大津80
ずっとじゃないけど、長い道中の半分近くは沿って歩いていた国道1号線とついにサヨナラ。
また横浜のウチの近所で会おう!

左の道へ
大津81 

大津83 大津84 大津85

大津87 大津86

この道、右に行きたくなるがまだ真っすぐ!
大津89

この先に見える歩道橋を渡る。
大津90

ほら、旧東海道を歩いている人は渡れ、と書いてある。
大津91 大津92

渡った後も看板や貼紙があるから大丈夫。ゴールまで6.5km
大津93 大津94

お役に立ちたく当家にて作成しました、、、って。涙でてくるよ~
大津96 大津95 大津97

ついに京都市だ!
京都1 京都2

ゴールしたくない!ゴールしたくない!
郵便局でお金を下ろしたり、切手を買ったり、コンビニで飲み物買ったり、
ノロノロ、牛歩戦術で歩く。

JR山科駅
京都5 

山科のゆるきゃら「まっせ」
京都7

順番に東海道の浮世絵ポスターを貼った店舗が並ぶ
京都8 京都10 京都11

ここで寄り道しました。だって道路沿いなんだもん!
天智天皇陵。中臣鎌足と大化の改新した人。
日本で最初に「時間」を決めた人、時の記念日。
若葉がすごーーーくキレイ。荘厳で心が洗われる。
京都13 京都14 京都16

京都15 京都25
京都16 京都17 京都18
京都19 京都20 京都21

帰り路はこういう感じ
京都23 京都24


正しい道に戻り少し歩く。
京都26

もう楽チン、このまま~~と思うでしょ?
そうはいかない。この先、最後の迷いどころが待ち構える。
予習して行ってるので大丈夫だけど、これから来る人のために
まだ安心するな!って書いておきます。

天智天皇陵から少し行くと分岐点。10分もいかないよ5分弱くらい。
京都28
↑この分岐路。
壁にはがれている青いステッカーがある、見えますか?
拡大写真も添付↓

京都30

ここを左折する。こう見える。
京都大事な分岐点 

住宅地をまっすぐ進んで行く。

京都32 京都33

私は教えてもらってたから、まったく心配することなく自信を持って進んだ。
京都34 京都35

坂を登ると右へ道なりになるので、そのまま進む。
こういう道。あなたは間違っていない!そのまま進め! 大丈夫だ!
京都36 京都37
京都38 京都39

かれこれ20分は不安だろうが、あってるから大丈夫!
上のほうに行くとやっと碑が出てくる。そして下る。
京都40 京都41

三条通に合流し下っていく
京都42

そうしたら出てきた!
今回の道中、泣いたのはこの一度だけ!
ついについに「三条大橋」の青看板に大感激

京都43 京都44
しばらくぼ~~っと見てました。
歩いていない人にはまったく普通の道路表示。
歩いてここまで来た人にしかわからない感動!

この先、もう一度「三条大橋」の看板がありました。
京都45

地図を見たら、もうこの先は直進のみ!

今までず~~~っと手放したことがなかった地図をリュックにしまった。
この時も しまいながら涙が出た。
箱根の山歩きの時も手放さなかったし、ひたすら真っすぐだった舞阪〜新居の時もずっと持っていた地図。どんな時も一番大事だった。
それが不要になった。もう見る必要はないんだ。

地図は宿場町ごとにプリントしたやつなので、日本橋からの地図ではないけどね。

京都46 京都49

蹴上駅、東山駅、ああ、次だ~~
写ってないけど、歩道は人がいっぱいです。ほとんど観光客か学生。
京都50 京都51 京都52

京阪三条駅前。
向こうに見える建物はもうゴールの三条大橋の向こうにある。
ついに、ついに、来た〜〜〜〜〜!
京都53 京都55

横断歩道を渡る
これを渡ったらもう橋しかない
京都56

深呼吸して、さあ渡るぞ!
京都57 京都58

そんなに人が多くなくて良かった
京都59 京都60

もうすぐだ
京都61 京都62 京都63

あと10歩くらい
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あと1歩
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着きました
京都67
2013年4月15日15.10

ばんざ~~~~い!そして悲しい。終わってしまった。

ちょうど橋を渡ってきた大学生のような娘さんとそのお母さんに写真を撮ってもらいました。五十三次を日本橋から1年3ヶ月かかって少しずつ歩いて、たった今、完歩した。と言ったら、ひじょうに感動してくれて、そういう人と話しているだけでも光栄だって。本当に良い人に撮ってもらえました。

京都68 京都70

もちろん私の分身「まみプー」もゴール。弥次さん喜多さんと。
京都71 京都72

ゴールにある「撫で石」旅の安全を祈願して置いてある。もうゴールしたのにね。
京都73

もう一度 橋の向こうに戻って撮影
京都74 京都75
浮世絵のところ 京都(浮世絵では京師)
京都浮世絵

橋の下は鴨川。ここで休憩。今まで来た宿場町をすべて回想。
京都76 京都77
京都78 京都80

本日の合計
京都81

30分くらい歩いてホテルへ。
シャワーを浴びてコーヒー飲んで荷物整理。

応援してくれた友達に、浮世絵と同じ絵ハガキを購入。
今のご時世、このハガキを買うのに40分も歩き回ったよ〜〜

左:四条大橋。三条のほうが木製だから雰囲気あるね。
右:四条大橋から三条大橋を見たところ。
京都87 京都88

関西のマイミクさんと会って食事。
京都90
小学5年生の娘さんは、プーさん、そして まみプーのファン。
お母さんと一緒に私のブログを読んでくれ、時々 出てくる まみプーのファンになってくれたとか。
イラストを描いてもらって大喜びのまみプー
京都92


翌日 4月16日
京都駅へ。 ロッカーにリュックを入れて、もう一度、三条大橋へ行きました。
ゴール翌日1 ゴール翌日4
ゴール翌日3 ゴール翌日2
橋の上流側、下流側どちらも、東→西、西→東と歩く。
はたから見たら、バカみたいだっただろうな。

京都にわざわざ行って、どこも見ずに帰るの、もったいないって?
いーえ!ぜんぜん!
今回の目的は、三条大橋にゴールすること。
ここがどこよりも素晴らしいので、他を見る気が起きない。
それとこれは別もの。

京都タワー/京都駅、りっぱだなぁ。
ゴール翌日5 ゴール翌日6

ウチに着いたら、母がくす玉を用意してくれていました。ちょっと感動。
ゴール翌日7

私より半年先にゴールした同僚の人にコピーしてもらった地図。
由比~京都三条大橋まで。こういう地図ね。これくらいの縮尺。
この地図を頼りに歩いていました。
ゴール翌日8 ゴール翌日9
この地図なしでは歩けず!!
宿場町ごとにホッチキスで止めて持ち歩いて、2~3分おきにチェックしてました。
地図が一番大事だった。何よりもコレが一番の思い出のしな。
浜松は雨が降ったから濡れて、インクがとけている。
日本橋〜由比までは、まだこの地図を持っていなかったから、それはそれはさんざん迷いましたとさ(笑)
東海道五十三次関連の本に載っている地図を拡大コピーしていたんだけど、あまり正確じゃなかった。

これは、部屋に貼っておいた道中地図。歩いた所を赤と青で色塗りしていた。
最初は京都なんてず~~~っと先だったのに。 静岡県をすぎたらあっという間に終わった。
ゴール翌日10

ゴール翌日11 ゴール翌日12
↑ 一昨年、去年と 読売新聞が定期購買者にやっていた企画がちょうど
東海道五十三次のA3サイズ浮世絵プレゼントだったの。これもなにかの縁。
毎月2宿場町ずつ持って来てもらってコレクション。有料ファイルも購入。

いつも「歩いた最終地の浮世絵」を額に入れて部屋に飾っていた。
飾ったのは(最終地だったのは)
神奈川、藤沢、小田原(国府津)、原、由比、島田、岡崎、庄野だけ。
この8ヶ所で帰ってきている。
由比を飾っている時が一番長かった。由比の後は夏でしばらく歩かなかったから。

ここからは、まとめ。
どこが良かったか、道標がわかりやすかったか、とかは、
また後日ブログにします。


ひとことで言うと、日本は美しい!
東海道は歩くだけで日本史の勉強ができる、ということです。

東京(武蔵の国)は幕末。

残念なのが我が神奈川県(相模の国)で、生麦事件くらい。
文明開化の馬車道や黒船の浦賀、鎌倉を通ってればよかったのにね~

静岡県(駿河の国、遠江の国)は東海道の中でも断トツ長くお世話になる県。
歴史を感じるのは蒲原あたりから。
徳川家の県。徳川家康がいなかったら、参勤交代をしていなかったら、、、
などいろいろ考える。

愛知県(三河の国、尾張の国、)は最初のほうは静岡の続きという感じ。
愛知県の最後の宿場は宮(熱田)神話が出てくる

三重県(伊勢の国)は神話。
ここまでの歴史とレベルが違う!
ヤマトタケルや猿田彦が登場してくる。
今まで三重県だけ行ったことがなくて、今回行けて本当に良かった。

滋賀県(近江の国、伊賀の国)あっという間に通り過ぎてしまったけど、
古き良き日本を大切にしている国。

道路って、すごく大事。
震災の時でも最初に修理するのが道路でしょう?

江戸時代はまずは東海道ありき。
当時は、トンネルを作る技術がない。橋も重要でないところには作らない。
明治あたりから、トンネルや橋をばんばん作るようになった。
今まで遠回りしていたところへ、ショートカットで道路を作った。
それが国道1号線だ。
さらにショートカットしたのが高速道路。

だから、旧東海道とかぶっているところも多いけど、便利なのは国道1号線のほう。
道中「めんどくさ~~~、なんでわざわ遠回りしなきゃいけないの?」
と思うところが、何度も何度もある。
そういうところ、がんばらなきゃいけない。

ずばり、東海道五十三次歩きは究極の体験型ゲーム!
ガイドブックもあるし、地図もある、行く先々の市町村もそれなりに案内はしてくれている。
それでも迷う!間違える!
幾多のイヌのほえられ、ネコに見つめられたことか!(笑)
毎回毎回、誰かに道を聞いた。聞かなかった日はない。
100人以上の人に道を尋ね、丁寧に教えてくれた人。
自分の家の前が 旧東海道だと知らない人。いろいろいた。

いろんな難関があったり、身体のどこかが痛くなったり、美味しいもの食べたり、キレイなところを見たり。
計画力、観察力、洞察力、判断力、決断力、忍耐力、道間違えてガックリきても立ち上がる精神力、、、、
体力と精神力もついた。

雨の日は2回しかなかったかな。新居〜白須賀のあたり。
浜松はその日あるき終わって帰る時にザ〜〜ッと降った。
全体的に天気にも恵まれていた。

道中に出会ったすべての人達に感謝!
丈夫な身体を与えてくれた両親に感謝!
歩かない時はジムに通って鍛えた。
自分をホメる!

この経験を活かすボランティアがしたいな。
神奈川県9つの宿場町をもう一度歩いて極めようと思う。

追記:このゴールの後、5月3日までに小田原〜箱根を2度歩きました。
おって日記にします。
4月14日(日)

5時起床予定が、目が覚めたら5:40!
ぐっすり8時間寝れた!嬉しい!こんなに寝たの久しぶり。
多少 遅れてもいいや、なんせまだ5時台なんだから!

コンビニで買っておいた豚シャブサラダとブルーベリーヨーグルトを食べる。
水口は近くにコンビニもあるし ブックオフもあるし、駅の北側は都会だ。

6:15 今日はココから出発。もうここまで来たらコワくない!
この先、山の中はないし、何かあった場合でも帰宅不能じゃない。

ずっと誰もいない道をひとりでテクテク。日曜の早朝なので誰もいない。
水口44 水口45
水口49 水口48
水口47 水口50
バス停
水口51

山の形などから、このへんかなぁ。
浮世絵 水口 かんぴょう干し かんぴょうが名物らしい
水口52 水口浮世絵 水口55

一里塚
水口56 水口57

横田の渡し 大常夜灯。高さ10.5mだって。鈴鹿峠にあったやつのほうが大きいような気がするのは、
あっちは周りに比べるものが何もなかったせいか。
水口58 水口59 水口62
水口60 水口61

川が一望できる
水口63

湖南市に入る
水口66 水口67
野洲川を渡る。
横を見たらむこうのほうに 野草を採っている人がいた。いいね~
水口68 水口69
水口71 水口72 

いよいよ最後から3番目の石部宿場へ
水口73

この石部が最後の古い宿場町。残り2つ 草津と大津は交通手段もあり都会というイメージ。
石部1 石部2

↑ここと↓ここは違う場所。似てるね。
ここのは、由良谷川トンネルっていうんだって
石部7 石部8

お休み処にスタンプシートがあったので、やりました。
缶の中に紙が入ってて、飛ばないように石が置いてあった。素朴でかわいい
石部12 石部9
石部10 石部11

石部13 石部15 石部14
石部16 石部17 石部19

資料館っぽい休憩所。
こんにちわ~~!と言って入っても、返事がありませんでした。
中でひとりで休憩した
石部22 石部浮世絵
石部23 石部24

日本橋から京都へ向かう人の1泊目は戸塚が平均だけど、京都から日本橋へ向かう人の1泊目が この石部らしい。
ということは、京都までもうすぐじゃん!なんか淋しい〜〜〜

本陣跡。9:40、まだ10時になってない、昼すぎに草津に着くかな~
石部26
石部28 石部29
石部31 石部33

黒い墓石みたいなのに全宿場町が書いてある公園。
石部34 石部35
ここに 道中歩きをしていると思われるおじさんがいたので、声をかけたら、京都に住んでいて今日は草津から石部まで歩いて来たって。まだ働いているので、少しずつ少しずつ歩いていて、日本橋へ行ければなあ、との事。
1日15キロくらいしか歩かないって言ってたから、私の倍くらい日数がかかるけど、大丈夫!いつか日本橋へ着くよ!がんばってね。

石部36 石部37
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この辺から競馬ウマを育てるところ、栗東市(りっとう)
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第一回びわ湖検定合格記念、って。そんなに嬉しかったのかな(笑)
琵琶湖検定? 石部42 

何屋だったかなぁ、雑貨屋だったかな、忘れたけど
入口に「ご自由にお持ち帰りください」と箱が置いてあって、見たら
透明のビニールに入った栗のマスコットが7個くらいあったのでびっくりしました。
え?!こんなのもらっていいの?
部屋で撮った写真。チャックを開けたらかわいい栗坊が!
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この一里塚で休憩
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ここで栄養補給
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すごく気持ちよかったので、何枚も写真を撮る

このステッカー、剥がれて飛んでいきそう~重要なのに。
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手原という地名の稲荷神社にあったベンチ
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この辺は東経136度。ちなみに日本の標準時の明石は135度
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すずめ茶屋跡。なかなか良い名前。今でも通じるね
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この碑、和食屋の敷地の中の玄関横にあって、お客さんがタバコすってて、
撮影しにくかった~ 「東海道」の彫りが深い。
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このT字路、右折です。こういう碑があるよ
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アオ、アカ がいた
草津1 草津2

草津4 草津3
↑一里塚、草津まであと半里って彫ってある

田楽発祥の地。田楽好きな人にはたまらないだろう。
草津5 草津6
ここらへんで地元のおじさんと立ち話

草津10 草津11

年とった牛や馬の余生を静かに過ごさせるための施設だったところ。
当時の牛や馬は 今の車だもんね。大事にしなきゃ。
草津13 草津12

草津市に入りました。
草津15

のような小さい道標を見つけられるかが重要。
最初はダメでも、そのうち慣れて見つけられるようになる。
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この川を渡った時、京都の匂いがしました!
草津18 草津19
まだ滋賀県草津なんだけど、ここまでと空気が違う!
何と説明したらいいのかわからないけど、京(みやこ)の風というのかしら。

草津20 草津21

ココ!つきあたりのところ!
草津31

東海道が東京日本橋~京都三条大橋までなのは知ってますね?
中山道も、東京日本橋~京都三条大橋までなのです。
中山道は、内陸(大宮、熊谷、高崎、軽井沢、塩尻、中津川、岐阜など)を通ってる。
この2つの街道の分岐点がココなの!

めっちゃ感動して、バカみたいに写真撮りました。

東から歩いてくるとこのT字路。右手前に常夜灯。
草津22 草津23

こっちを行くと中山道
草津29

草津24 草津25

T字路のつきあたりは階段でこんな感じ
草津26

いろんな方向から撮りました
草津27 草津28 草津30

左へ行くと草津の宿場町
大本陣。ココと観光物産館の入場料がセット割引なので買う。
本陣の中、撮影禁止なのがつらい。
台所とか大名の風呂場や雪隠、すごいの!
草津32 草津33

脇本陣跡は今はカフェ
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草津名物って 浮世絵に書いてある「うばがもち」以外に何かあるかな?
と考えながら歩いていたら、ありました。
大好きな すし。即入店!ランチで900円。
草津37 草津38
草津39 草津40

交流館へ
草津41 草津浮世絵

ここの2階はけっこう遊べる
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草津宿出立・通過証(私の名前入)
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これね、中山道だと完歩証明書なの!ずる~~~~い!
東海道だと「草津を通過しましたよ」という証明書。

三味線屋と太田道灌が遠祖といわれる酒造
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宿場町を出ても良い雰囲気
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この道を左斜めに入る。すごくよくわかる一里塚の看板がある
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この公園の中、よーく探すと一里塚がある。
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野路の玉川跡
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調べて行ったら、かつては「日本六玉川」の一つに数えられた名泉で、東海道を行き来する旅人の喉を潤しました。と書いてあるので、飲めるかな?とよーく見たら「飲めません」でした

弁天池
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お手製のような看板。
こういうのでいいので、迷いそうなところに置いて欲しい
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新田開発発祥の地
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草津と大津の間、JR瀬田駅そばにある一里塚
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これが道中最後で一番立派な一里塚だった、、、、と思う。

ここで写真を撮っていたら、それぞれ自転車に乗って赤信号を止まっていた小学3年くらいの男児とお母さんが、
何だか忘れたけど、話しかけてきたので「東京日本橋から歩いて来たんですよ、今日はココに止まって明日ゴールです」と言ったら、おかあさんが「ええええっ!私、去年まで東京に住んでいたんで、どれくらい遠いかわかります!ここが東海道とは知っていたけど、、、、今でも実際に歩いている人がいるんですね!凄いです!」と、青信号になったのに渡らず、感動してくれました。そしてまた赤信号になった。

15時すぎJR瀬田駅前のホテルにチェックイン。
草津でお寿司を食べたり、資料館を見て1時間くらい費やしてしまった~

本日は37.4km。55,000歩
草津万歩計

万歩計を置いて、顔を洗って身支度して、三井寺へ
本名、園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市にある、天台寺門宗の総本山。
日本史ファンなら行ってみたい寺のひとつ。
寺領を没収されて廃寺になったり焼き討ちにされたりしながらも、その都度再興されてきたことから、「不死鳥の寺」と称されている。
ず~っと前から行きたいのに、大阪は時々行っても大津まではちょっと、、、と行かなかった寺だ。
日本全国の重要な寺ベスト4に入ると聞いたことがある。

瀬田から隣の石山で京阪に乗り換える。
京阪石山2 京阪石山3 京阪石山1

三井寺までは10駅。路面電車で2両だった。

横浜から三井寺までは交通費も時間もかかるのでためらってたけど、 たったの370円で行けました。
三井寺駅1

駅からは、最初の信号を右、次の信号を左。比較的近い
三井寺1 三井寺2 三井寺3
まだ桜がちょっぴり残っている。
着いたのは16時前。急いで見なきゃ~と思い、
拝観料を払う時に、何時までですか?と聞いたら、19:30までです!との返事。
夜はライトアップで見せているらしい。

大門。あまり人はいなく、余裕の見学。
三井寺7 三井寺8 三井寺9
大門を裏から見たところ
三井寺11

金堂
三井寺12 三井寺13
三井寺22 三井寺24

ここ、キレイ~
るろうに剣心の映画で撮影されたんだって
三井寺の等 三井寺 映画撮影 三井寺18

これが有名な「弁慶の引き摺り鐘」
俵藤太こと藤原秀郷がムカデ退治のお礼に琵琶湖の竜神から授かった鐘だと言われ、その後比叡山と三井寺の争いに際して、弁慶が奪って比叡山に引き摺り上げたが、鐘が「イノー」(「帰りたいよう」の意)と鳴ったので、弁慶が怒って谷底へ捨てたという伝説。現状、鐘の表面に見られる擦り傷やひびはその時のものと称する。
三井寺19

閼伽井屋
三井寺25 三井寺27
霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったという。
ブクブク、ブクブク、って音がしてたけど、自然なものじゃなく、人工的にそう鳴るよう作られてるっぽい~~
龍の彫刻はこの上にある。
むかし、この龍が夜な夜な琵琶湖に出て暴れるため、甚五郎自ら目玉に釘を打ち込み静めたと伝えられる

桜がまだ少し残っていてくれて、良かった!
三井寺21 三井寺23

三井寺駅のひとつ前の浜大津でちらっと見えた力餅の店へ歩いて行く。
まだまだ歩けるよ
三井寺31 三井寺34

大津名物 三井寺力餅本家
お茶とセットをいただく
緑色のきなこがたっぷり。吹けば全部飛んでしまいそうなくらい
三井寺32 三井寺33

翌日の最後の歩きの予習をして、寝ました。