4月15日にゴールしたのに、忙しくてなかなかアップできず、
3週間もたってしまいました。これは4月15日(月)の事です。

とうとうこの日が来てしまった!
2012年1月16日に始めた東海道五十三次歩き、東京日本橋~京都三条大橋まで492km。
この日で18回目になる。今考えてみたら、15~16回で行けたかな~という感じ。

最後の日、4月15日。距離が短く20kmくらいなのでゆっくり7時半頃起床。
JR瀬田駅前にあるホテルから北側の景色、向こうのほうに琵琶湖が見える。
瀬田1

昨日の最終地点の一里塚まで行く。8:50スタート。
瀬田2
そこから西へ。こんな風景。草津市はこういう道案内板。
瀬田3 瀬田4

電信柱にも「旧東海道」とあり
瀬田7 瀬田8

琵琶湖から流れている瀬田川の「瀬田唐橋」
上流に見えるのが琵琶湖。ほとんど見えない
瀬田12 瀬田13
瀬田14 瀬田15
瀬田16 瀬田17
ググってみてびっくりしたんだけど、この瀬田川って、宇治川、淀川と
名前を変えて大阪湾に流れ込む。だって!出世川だ!

昨日 三井寺に行く途中に乗り換えた石山(JR・京阪)駅のほうへ向かう
瀬田20 瀬田21

石山駅前の「宮本むなし」でハンバーグ定食
瀬田22

石山駅を越える
大津1 大津2
大津3 大津4

浮世絵「大津」のポスターのお店がちらほらある道を進む
大津5 大津6 大津7 

よく地図を見たら、道中沿いには琵琶湖が見えるところがありません!
ココまで来て琵琶湖を見ないなんてもったいない。
なので 寄り道してちょっとだけ見に行きました。
小学校の修学旅行で1泊した時 以来の琵琶湖。
大津8 大津9

元の道に戻る。
大津10

木曽義仲(巴御前の旦那)と松尾芭蕉のお墓がある「義仲寺」
松尾芭蕉って、道中どこでも唄の碑があるけど、ここに眠っているのね。
大津11 大津12

大津のマンホール。
大津13 
滋賀県庁の裏あたり。大津駅のあたり。
大津15 大津14

この付近 ロシアの皇太子が遭難した地、だって
大津16 大津17
この通り、ずっとまっすぐ旧東海道と電信柱に表示がしてあるけど、途中で京阪京津線に沿うように左折します。
国道1号?161号?に沿うのです。旧東海道と書いてあるほうへ行かないこと。

こんな感じの道路。右側歩いていたら左に本陣跡があった、、、望遠で撮影
大津18 大津19

この道路、国道1号?161号?車がかなり走ってます
大津20

蝉丸神社(このあと2ヶ所ある)
信号機渡ってすぐの神社なんて素敵!鎌倉の御霊神社もこうだよね。
大津21 大津22

大津23 大津24

百人一首のアノ蝉丸!盲目の琵琶法師。
逢坂の関所の近くの庵に住んでいて、人々が行き交うのを見るのが好きだったといわれています。
大津42

大津25 大津26

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右側歩いていたら、突然 安全な歩道がなくなった!
前から車が向かってくる、やば~~い!
左側に渡らなきゃ~~
左側へ渡る横断歩道と信号機、ちゃんとあります。
大津30 大津31

しばらく左側(京阪と国道に沿って)を歩く。
車がバンバン走っていて、かなり空気悪い。
暑いけどマスクをしました。

右側にまた蝉丸神社が見えたら、その前の横断歩道渡ってください。
ココね
大津32 大津33

ココ渡らないとその先、困るよ!絶対に絶対に渡るべし。
押しボタン信号だけど、押したらすぐ青になるから。

こういう感じに右側を歩く
大津35 大津34

しばらくすると常夜灯があって、休憩処がある
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蝉丸の歌の碑
大津38
「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」
意味:これがまあ、旅立つ人も旅から戻ってくる人も、いったん別れてはまたここで会う、知る人も知らない人も、ここで出会う、そういう場所、その名も逢坂の関なのだ

清少納言の歌の碑
大津39
意味:まだ夜深いうちに、ニワトリの鳴き声を真似てだまそうとしても「逢坂(おうさか)の関」はそう簡単に開きませんよ!私は決して貴方に逢いませんから!

片方は車やトラックがばんばん通っているが、片方はそうでもない。
そちらを進む。こっちね。電信柱に旧東海道って書いてあるからわかる。
大津40 大津41

浮世絵 大津はこの辺
ootsu70.jpg 
大津浮世絵 ootsu71.jpg

またまた 蝉丸神社
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坂を下っていくと歩道橋。ここも看板があるのでわかる
ootsu75.jpg 大津76


しばらく京阪や国道沿いに歩く。スレスレまだ近江の国なのよ
大津77 大津78

ココ!分岐点
大津80
ずっとじゃないけど、長い道中の半分近くは沿って歩いていた国道1号線とついにサヨナラ。
また横浜のウチの近所で会おう!

左の道へ
大津81 

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この道、右に行きたくなるがまだ真っすぐ!
大津89

この先に見える歩道橋を渡る。
大津90

ほら、旧東海道を歩いている人は渡れ、と書いてある。
大津91 大津92

渡った後も看板や貼紙があるから大丈夫。ゴールまで6.5km
大津93 大津94

お役に立ちたく当家にて作成しました、、、って。涙でてくるよ~
大津96 大津95 大津97

ついに京都市だ!
京都1 京都2

ゴールしたくない!ゴールしたくない!
郵便局でお金を下ろしたり、切手を買ったり、コンビニで飲み物買ったり、
ノロノロ、牛歩戦術で歩く。

JR山科駅
京都5 

山科のゆるきゃら「まっせ」
京都7

順番に東海道の浮世絵ポスターを貼った店舗が並ぶ
京都8 京都10 京都11

ここで寄り道しました。だって道路沿いなんだもん!
天智天皇陵。中臣鎌足と大化の改新した人。
日本で最初に「時間」を決めた人、時の記念日。
若葉がすごーーーくキレイ。荘厳で心が洗われる。
京都13 京都14 京都16

京都15 京都25
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帰り路はこういう感じ
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正しい道に戻り少し歩く。
京都26

もう楽チン、このまま~~と思うでしょ?
そうはいかない。この先、最後の迷いどころが待ち構える。
予習して行ってるので大丈夫だけど、これから来る人のために
まだ安心するな!って書いておきます。

天智天皇陵から少し行くと分岐点。10分もいかないよ5分弱くらい。
京都28
↑この分岐路。
壁にはがれている青いステッカーがある、見えますか?
拡大写真も添付↓

京都30

ここを左折する。こう見える。
京都大事な分岐点 

住宅地をまっすぐ進んで行く。

京都32 京都33

私は教えてもらってたから、まったく心配することなく自信を持って進んだ。
京都34 京都35

坂を登ると右へ道なりになるので、そのまま進む。
こういう道。あなたは間違っていない!そのまま進め! 大丈夫だ!
京都36 京都37
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かれこれ20分は不安だろうが、あってるから大丈夫!
上のほうに行くとやっと碑が出てくる。そして下る。
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三条通に合流し下っていく
京都42

そうしたら出てきた!
今回の道中、泣いたのはこの一度だけ!
ついについに「三条大橋」の青看板に大感激

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しばらくぼ~~っと見てました。
歩いていない人にはまったく普通の道路表示。
歩いてここまで来た人にしかわからない感動!

この先、もう一度「三条大橋」の看板がありました。
京都45

地図を見たら、もうこの先は直進のみ!

今までず~~~っと手放したことがなかった地図をリュックにしまった。
この時も しまいながら涙が出た。
箱根の山歩きの時も手放さなかったし、ひたすら真っすぐだった舞阪〜新居の時もずっと持っていた地図。どんな時も一番大事だった。
それが不要になった。もう見る必要はないんだ。

地図は宿場町ごとにプリントしたやつなので、日本橋からの地図ではないけどね。

京都46 京都49

蹴上駅、東山駅、ああ、次だ~~
写ってないけど、歩道は人がいっぱいです。ほとんど観光客か学生。
京都50 京都51 京都52

京阪三条駅前。
向こうに見える建物はもうゴールの三条大橋の向こうにある。
ついに、ついに、来た〜〜〜〜〜!
京都53 京都55

横断歩道を渡る
これを渡ったらもう橋しかない
京都56

深呼吸して、さあ渡るぞ!
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そんなに人が多くなくて良かった
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もうすぐだ
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あと10歩くらい
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あと1歩
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着きました
京都67
2013年4月15日15.10

ばんざ~~~~い!そして悲しい。終わってしまった。

ちょうど橋を渡ってきた大学生のような娘さんとそのお母さんに写真を撮ってもらいました。五十三次を日本橋から1年3ヶ月かかって少しずつ歩いて、たった今、完歩した。と言ったら、ひじょうに感動してくれて、そういう人と話しているだけでも光栄だって。本当に良い人に撮ってもらえました。

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もちろん私の分身「まみプー」もゴール。弥次さん喜多さんと。
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ゴールにある「撫で石」旅の安全を祈願して置いてある。もうゴールしたのにね。
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もう一度 橋の向こうに戻って撮影
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浮世絵のところ 京都(浮世絵では京師)
京都浮世絵

橋の下は鴨川。ここで休憩。今まで来た宿場町をすべて回想。
京都76 京都77
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本日の合計
京都81

30分くらい歩いてホテルへ。
シャワーを浴びてコーヒー飲んで荷物整理。

応援してくれた友達に、浮世絵と同じ絵ハガキを購入。
今のご時世、このハガキを買うのに40分も歩き回ったよ〜〜

左:四条大橋。三条のほうが木製だから雰囲気あるね。
右:四条大橋から三条大橋を見たところ。
京都87 京都88

関西のマイミクさんと会って食事。
京都90
小学5年生の娘さんは、プーさん、そして まみプーのファン。
お母さんと一緒に私のブログを読んでくれ、時々 出てくる まみプーのファンになってくれたとか。
イラストを描いてもらって大喜びのまみプー
京都92


翌日 4月16日
京都駅へ。 ロッカーにリュックを入れて、もう一度、三条大橋へ行きました。
ゴール翌日1 ゴール翌日4
ゴール翌日3 ゴール翌日2
橋の上流側、下流側どちらも、東→西、西→東と歩く。
はたから見たら、バカみたいだっただろうな。

京都にわざわざ行って、どこも見ずに帰るの、もったいないって?
いーえ!ぜんぜん!
今回の目的は、三条大橋にゴールすること。
ここがどこよりも素晴らしいので、他を見る気が起きない。
それとこれは別もの。

京都タワー/京都駅、りっぱだなぁ。
ゴール翌日5 ゴール翌日6

ウチに着いたら、母がくす玉を用意してくれていました。ちょっと感動。
ゴール翌日7

私より半年先にゴールした同僚の人にコピーしてもらった地図。
由比~京都三条大橋まで。こういう地図ね。これくらいの縮尺。
この地図を頼りに歩いていました。
ゴール翌日8 ゴール翌日9
この地図なしでは歩けず!!
宿場町ごとにホッチキスで止めて持ち歩いて、2~3分おきにチェックしてました。
地図が一番大事だった。何よりもコレが一番の思い出のしな。
浜松は雨が降ったから濡れて、インクがとけている。
日本橋〜由比までは、まだこの地図を持っていなかったから、それはそれはさんざん迷いましたとさ(笑)
東海道五十三次関連の本に載っている地図を拡大コピーしていたんだけど、あまり正確じゃなかった。

これは、部屋に貼っておいた道中地図。歩いた所を赤と青で色塗りしていた。
最初は京都なんてず~~~っと先だったのに。 静岡県をすぎたらあっという間に終わった。
ゴール翌日10

ゴール翌日11 ゴール翌日12
↑ 一昨年、去年と 読売新聞が定期購買者にやっていた企画がちょうど
東海道五十三次のA3サイズ浮世絵プレゼントだったの。これもなにかの縁。
毎月2宿場町ずつ持って来てもらってコレクション。有料ファイルも購入。

いつも「歩いた最終地の浮世絵」を額に入れて部屋に飾っていた。
飾ったのは(最終地だったのは)
神奈川、藤沢、小田原(国府津)、原、由比、島田、岡崎、庄野だけ。
この8ヶ所で帰ってきている。
由比を飾っている時が一番長かった。由比の後は夏でしばらく歩かなかったから。

ここからは、まとめ。
どこが良かったか、道標がわかりやすかったか、とかは、
また後日ブログにします。


ひとことで言うと、日本は美しい!
東海道は歩くだけで日本史の勉強ができる、ということです。

東京(武蔵の国)は幕末。

残念なのが我が神奈川県(相模の国)で、生麦事件くらい。
文明開化の馬車道や黒船の浦賀、鎌倉を通ってればよかったのにね~

静岡県(駿河の国、遠江の国)は東海道の中でも断トツ長くお世話になる県。
歴史を感じるのは蒲原あたりから。
徳川家の県。徳川家康がいなかったら、参勤交代をしていなかったら、、、
などいろいろ考える。

愛知県(三河の国、尾張の国、)は最初のほうは静岡の続きという感じ。
愛知県の最後の宿場は宮(熱田)神話が出てくる

三重県(伊勢の国)は神話。
ここまでの歴史とレベルが違う!
ヤマトタケルや猿田彦が登場してくる。
今まで三重県だけ行ったことがなくて、今回行けて本当に良かった。

滋賀県(近江の国、伊賀の国)あっという間に通り過ぎてしまったけど、
古き良き日本を大切にしている国。

道路って、すごく大事。
震災の時でも最初に修理するのが道路でしょう?

江戸時代はまずは東海道ありき。
当時は、トンネルを作る技術がない。橋も重要でないところには作らない。
明治あたりから、トンネルや橋をばんばん作るようになった。
今まで遠回りしていたところへ、ショートカットで道路を作った。
それが国道1号線だ。
さらにショートカットしたのが高速道路。

だから、旧東海道とかぶっているところも多いけど、便利なのは国道1号線のほう。
道中「めんどくさ~~~、なんでわざわ遠回りしなきゃいけないの?」
と思うところが、何度も何度もある。
そういうところ、がんばらなきゃいけない。

ずばり、東海道五十三次歩きは究極の体験型ゲーム!
ガイドブックもあるし、地図もある、行く先々の市町村もそれなりに案内はしてくれている。
それでも迷う!間違える!
幾多のイヌのほえられ、ネコに見つめられたことか!(笑)
毎回毎回、誰かに道を聞いた。聞かなかった日はない。
100人以上の人に道を尋ね、丁寧に教えてくれた人。
自分の家の前が 旧東海道だと知らない人。いろいろいた。

いろんな難関があったり、身体のどこかが痛くなったり、美味しいもの食べたり、キレイなところを見たり。
計画力、観察力、洞察力、判断力、決断力、忍耐力、道間違えてガックリきても立ち上がる精神力、、、、
体力と精神力もついた。

雨の日は2回しかなかったかな。新居〜白須賀のあたり。
浜松はその日あるき終わって帰る時にザ〜〜ッと降った。
全体的に天気にも恵まれていた。

道中に出会ったすべての人達に感謝!
丈夫な身体を与えてくれた両親に感謝!
歩かない時はジムに通って鍛えた。
自分をホメる!

この経験を活かすボランティアがしたいな。
神奈川県9つの宿場町をもう一度歩いて極めようと思う。

追記:このゴールの後、5月3日までに小田原〜箱根を2度歩きました。
おって日記にします。
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コメント
ゴール*\(^o^)/*やったあ*\(^o^)/*
小学生の頃から日本史大好きで、宇津の谷峠をちまちま歩きながら「いつか東海道全部歩きたいなあ…まあ無理に決まってるじゃん」なんてずっと思ってた。そんな夢を本当に叶えたなんて、、感動しました。
写真も充実していて私も一緒に旅している気分になれました!
江戸時代って遠い昔のようで、でも所々にちゃんとその名残が残っていてものすごくロマンが感じられた素晴らしいブログだった。ありがとう
ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
2013/05/11(Sat) 19:14 | URL | S崎 | 【編集
Re: タイトルなし
■S崎さま
S崎さんも日本史好きだったんですね、 私も!古ければ古いほどロマンを感じる!五十三次歩きを終わって、歩かないといられないビョーキになったので、これからも歩き続けます。休みの時にもう一度 川崎〜箱根の神奈川県の9宿場を歩いて、秋には日光街道イッキ歩きに挑戦です!
2013/05/16(Thu) 15:49 | URL | まみこ☆ | 【編集
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