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前日9/8 諏訪大社下社春宮・秋宮/みそ天丼・千人風呂の日記はこちら

9月9日(日)
6時すぎ起床。
雨は降っておらず曇り。精進のつもりで何も食べず出発。
歩いて8分くらいでJR茅野駅東口。駅の上を横切って西口方面へ。
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前回泊まったホテルの裏にある まん丸の巨石に挨拶。また来ましたよ!
この旅を計画したのが4日前だったから、駅に近いこのホテル取れなかったんだ〜
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ここから諏訪大社上社 前宮までは、甲州街道歩きゴール翌日に歩いたところなので地図も不要。
(何度も書きますが、諏訪大社というのは4つあるのです)
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上社の御柱祭の里引きの時、角のついた御柱(メドデコと言う)が冷たい川を引きずられるその場所。
前回はそれがココだと知らなかったのでスルーしてしまった。
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今回はしっかりその場所まで行ってみる。小高い展望台まであるんだね。
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前宮まであと100mくらいになった時、身体がジーンとしてきた。
↓ここが100mのとこだったかはわかりません。
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前宮のパワーを感じる。
スキスキ光線を出しているから、「またよく来てくれたね」と言ってくれてるのかな。

8時頃、上社前宮到着(茅野駅から徒歩20〜30分)
諏訪四社の中で一番好きなところ。
他の三社はきらびやかなのに前宮は色もついておらず地味。
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鳥居をくぐってすぐの溝上社。
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社務所が開くのは9時からだから人も少ないだろうなと思ったら大間違い。
御朱印目当ての人達が20人くらいたむろしていた。

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神殿跡の看板
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手水舎
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春宮と秋宮にもあったナゾの八角形に囲われた場所。ここにもあった。
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中には何もなく石がゴロゴロ。ここは一体何なのだろう?
ただし、ここには「神紋 穀(かじ)の木」の看板がある。
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諏訪氏の家紋が梶の葉だとは検索結果でわかった。
他は何も出てこない。誰か教えて〜〜

狛犬
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境内図
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ここが鹿の頭を捧げる御頭祭神事が行われる場所「十間廊」
野ざらし感じがステキ。
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内御玉殿
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御室社
戦国時代まで、ここに土室を作り、穴巣始という冬ごもりの神秘的な神事が行われていた。
お社の上にパックに入った食べ物が置いてあったよ。さっき置いたばかりな感じ。
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諏訪照雲頼重の供養塔
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さらに坂を登っていく
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見えて来ました。全体写真。
右に一の御柱、左に二之御柱が写ってる。
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由緒看板
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前宮さん、またここに来られて嬉しいです!
大好きスキスキ光線発射。
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現在のお社は、昭和7年に伊勢神宮の遷座祭後のお社の用材が移築されたもの。
よって、元伊勢神宮だったお社なんです。

一之御柱
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二之御柱
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8:30頃、神主さんが来られ太鼓を叩いて祝詞をあげられていました。見れてラッキー。
熊野の神倉神社、熊野速玉神社でも、見た事があるので、どの神社でも朝やっておられるんだろうな。
神主さん↓
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隣りには名水「水眼」の清流
神殿の禊ぎの水として使われていた。
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三之御柱
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前宮は諏訪大社の中で唯一 全部の御柱を見れるし触れる。
サービス満点。
他の三社は一ノ柱と二ノ柱は触れるが、
三ノ柱と四ノ柱は見ることはできても、離れていて近寄ることができない。


これも何かワケがあるんだろうな。これもなぜなのか誰か教えて(笑)
諏訪大社には本殿がない。
この前宮の拝殿のずーーーっと向こうには守屋山があり、それが御神体とも言われている。
いつか登ってみたい山。

社殿の裏も通れる
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四之御柱
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一之御柱と四之御柱が一緒に写るように撮影。御柱のアップ。
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Rちゃん夫妻と合流。
もう一度、すべての柱を見たり、写真を撮ってもらったり。
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御手祓道
1ヶ年75回あった神事の内で最も大きい祭事である御頭祭(酉の祭)の儀式が最高潮になる頃雅楽が奏でられる中を○○の使者に選ばれた「おこうさま」が乗馬し その行列が松明をともし、トキの声をあげて神殿のまわりのこの○を三回逆にかけめぐった内県小県の諏訪領内の郷村をまわって農作物の豊饒を祈る神まつりに出発する神使い○この道をまわり大祝即位のトキにこの道をめぐっている。今も一部にこの道の形跡を残す。安国寺史友会
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旧神社大祝の居館・神殿跡
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神願門址
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境内の案内板から探すと、これが「大石さま」かな?
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前宮の周りにはまだまだたくさん祠があるんだけど、これはまたいつか見学ね。

車で5分くらい。神長官守矢史料館へ。
ここ、前回休館日で涙を飲んだところ。
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その直前手前にあった神社。名前忘れちゃった!写真も黒っぽくて見えない。
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神長官守矢の表札
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守矢さんって、大国主命の次男 建御名方神が国譲りで武甕槌神(鹿島神宮の祀神)に負けてこの地 諏訪に逃げてきた時、それまでここにいたミシャグチという神様に仕えていた筆頭(神長官)だった人。

祈祷殿。一子相伝で行われた祈祷や神長官として受け継がなければならない儀式をしたところ。
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明治維新の国家神道化政策で、日本の古い土着宗教が排斥され、守矢神長官も職を剥奪された。
もし、続いていたら、日本有数の古い神代からの一族だったかもしれない。
「最後の神長官」となった76代の守矢実久さんを最後に秘伝は受け継がれなくなり、
現在の当主78代の守矢早苗さんは、女性でお子さんがおられないので、78代続いたのが途切れてしまうのです。秘伝は受けていないそうすが、お祖父さんに聞いたことなど、お話されて文章にされています。
興味が出たら検索してみたらいいよ。

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↑100円払って中に入ると、鹿や猪の頭の剥製、ウサギの串刺し、猪の頭皮、鹿の肉と脳味噌の和え物にショックを受けるでしょう。江戸時代中期に御頭祭を見た菅江真澄という人のスケッチが残っていて、それを再現したもの。
奇祭中の奇祭「御頭祭」は、さっき行った前宮の十間廊で現在でも4月に行われている。
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昔は、75頭の鹿の頭を生け贄にしていたが、現在は剥製が3頭くらいで行われている様子。見たことがないからわからない。「生贄の鹿の中に、必ず耳が大きく裂けた鹿がいる」という伝承があり、諏訪大社七不思議のひとつ。
これがその耳裂け鹿。
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サナギ鈴、御贄柱(おにえはしら)
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江戸時代以前は、御神(おこう)と言って選ばれた小さな子を生贄として御贄柱にくくりつける儀式も存在したようで、時代が進むにつれ、このような柱に変化していったようです。
前日 秋宮で買った鹿食免 鹿食箸(神様からの肉食の許可)の説明をしてくださる。
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重藤弓(しげとうのゆみ)、藤刀(ふじがたな)、根曲太刀(ねまがりのたち)
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外の薙鎌(なぎかま)見るの忘れた

昨夜諏訪SAで夕飯した後、Rちゃんの友達(現地のガイド!)が「行ったほうがいい」と教えてくれた"小袋石"のことを聞いてみると、車だと5分くらいと教えてくれた。それじゃあ、この後 行こう!

帰宅してから撮影したパンフとチケットと購入した資料。
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帰って読んでびっくり!
右側は前宮周辺の完璧な周辺ガイド。これさえあればどこでも行けるよ。
左のは茅野市作成の神長官守矢史料館のしおり。守矢早苗さんの寄稿もあります。

庭にある 御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社へ。
定休日でもここは入れるので、前回見た。
諏訪信仰の原点がここだと私は思う。
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ただ、近づくと、震えがきて目に見えない何かを感じる人がいるかも?
そういう人は、帰ればいいのです。無理せずに。
私も前回、来ちゃいけないところ?と感じました。
でも今回、いろいろネットや本でここがどういうところか調べて来ました。
そしたら、ぜんぜんそういうのを感じず、なぜかほんわかした気持ちに。
こういうのをパワースポットと言う人がいるけれども、私は違うと思います。
パワーというか結界というか、関係者以外立入禁止みたいな気。

小さい祠もいくつかあって、全部に御柱が建っている。
この神長官守矢史料館 御頭御社宮司総社は機会があればぜひ行って欲しい。
ちょっと勉強してからね。

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史料館を見下ろす感じで建っている。
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裏は 大祝諏方氏墓所。
建御名方神(タケミナカタノカミ)の子孫である大祝諏方氏は、諏訪明神の現人神として崇められていた一族で、中世まで諏訪上社領を治めていた人。
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奉納されていた石碑の後ろに、三千年の光明なり諏方一族 安らかに眠られよ と彫られていた。
諏訪湖を一望できる静かな丘の上で、これからもずっと見守ってくださるだろう。

お墓から御頭御社宮司総社を見たところ。
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屋敷を出るとかわいいワンコがいた。すっごい美人、美男?
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Rちゃんの友達に教えてもらった、小袋石(おふくろいし)へ向う。
史料館の人の「この史料館の隣りの道を登って行って、火葬場の手前に看板がある。石の手前にお社が4つ」という言葉を頼りに。
Rちゃんが「万治の石仏くらいの大きさですか?」と聞いたら、笑いながら手をふって否定していた。
こちらの人は、万治の石仏が比較対象物なのね。

ちょっと迷いながら 看板あった!
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最初は「え?この道?」と思うような獣道だがすぐに草のない山道になる。
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しばらくすると、見えた!
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磯並社
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瀬神社
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さらに登っていく
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穂股社
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標高880m近く。あった!あれが「小袋石だ!」
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小山ほどの大きさ。万治の石仏より大きい。
石の後ろにはすき間があって、水がちょろちょろ流れている。
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触らせてもらう。
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信仰遺跡。高さ12.3m。「舟つなぎ石」とも言われ、頂上が舟をつなぎやすい形になっているんだって。
どういう形が想像もつかないけど、大昔、諏訪湖の水面がここまであって、舟をつないだと言い伝えられている。
すごーーーーい!諏訪湖は倍以上の大きさだったのかな。

石に一番近い玉尾社
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禁止 境内地に付き植物混虫等採取を禁ずる と書いてある
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さあ、降りよう。
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ここ、ある程度、ヒントもらっておかないと、探すの難しいわ。
いろんな人のブログを読んだら「見つけられなかった」って人、多いもん。
まずは看板の存在を知らないと。そして存在を信じること(笑)


次、GPSで探したのは「諏訪上社旧大祝邸跡」

住宅地の中だった。
平成14年(2002年)に最後の大祝が跡継ぎ不在のまま亡くなったため、無人となり、現在は諏訪市が管理している。
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天保年間改築当時の屋敷平面図「諏訪上社旧大祝邸跡」
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書いてあることは、
この一帯は、近世に諏訪上社の大祝が居館を構えた場所です。大祝いとは、諏訪明神の依り代として諏訪社の頂点に位置した役職で、上社大祝は古代から近世末に至るまで世襲された「諏方氏」を名乗りました。中世までは諏訪の領主として政治権力を掌握、江戸時代に藩主諏訪家と大祝諏方家ができ政教が分離され、明治維新を経て 神官世襲制度が廃止されるに伴い 大祝職も廃止されました。生き神を祀る信仰が存在しつづけた神社は全国でも珍しいと言われています。
大祝の居館は、中世までは前宮の神殿にありましたが、遅くも織豊期にはここに居館を構えたと考えられ、それに伴い周辺に宮田渡と呼ばれた集落が形成されました。東に流れる旧宮川は堀の役目を果たしていたとも言われています。
文政十三年(1830)に焼失したのち天保年間(1830〜44)に再建された建物が、敷地とともに縮小を繰り返し、主屋については、近現代の大きな改修跡はあるものの、北側の3つの部屋はほぼ天保年間の姿を保ったまま現代まで残されています。他に、江戸時代の表門、土蔵が残っています。

大祝邸 見学路入口
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見学後はしめてください
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大祝家のイチョウ
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土蔵
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平成14年まで(16年前)住んでいただけあって、カーテンまだ茶ばんでおらず白で、生活感が残っている。
20年位前に来ていたら、お話とか聞かせてもらえたのかな。
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門を出ると、周りは祠がいっぱい。全部御柱付き。
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裏はウォーキングコースになってました。
ということは、どこかに地図があるんだね。欲しいわ。
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車で本宮へ。
鳥居前の参道は完全に観光化している。
春宮と前宮にはまったくそういうのがなく、秋宮もそれほどでもない。
本宮が一番集客力があるんだね。
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狛犬
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手水舎
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隣りの龍の手水舎は、熱いお湯が出ている。
こんな熱いので手を洗い、口をゆすげと?
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五穀の種池
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上社筒粥殿跡
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天流水舎
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神楽殿 「牛の一枚革では日本一」の太鼓
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にぎやかだなと思ったら、子供たちの相撲大会をやっていた。
みんなすごく真剣勝負。
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そう、今回写真に取らなかったけど、大相撲史上最強の力士「雷電」の像がここにはある。
五間廊
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勅使殿
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神馬舎
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二之御柱
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出早社
イボ石神を祀っている。
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さて、
諏訪大社4社それぞれ4本の柱、
計16本の中で一番見つけにくいのが本宮の三之御柱。
見せたくないといっているとしか思えない。
春宮や秋宮みたいに、柵の前に行けば見えるってもんじゃない。

柵じゃなくて、塀みたいな大きな門が閉じてあって、その上か下(地面まで20cmくらいの間がある)から見るしかない。
背が低いから腕を伸ばして適当に撮ってみたら写ってた。
白っぽい木。上が冠落としで尖らせてあるでしょ?これが三之御柱。
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今検索したら、隣りのお寺からだったらよく見えるとわかった!
次回、行かないと。

布橋
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大国主社。大好きな大国主命を祀っている。しっかり拝んできた。
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四脚門。以前はここから硯石、そしてその後ろにある守屋山を拝んでいた。
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今の拝殿は東(前宮)を向いて拝んでいる。
二つの参拝ラインがある珍しい神社。
これにもナゾがいっぱい。
これが硯石。
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中に入ると再び手水舎
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社殿
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勅願殿
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勅願殿の右側に四之御柱の遥拝所がある。
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春宮・秋宮の近寄れない三と四の御柱にはこんな看板なかったのに、なぜここだけ?
そしてここには 今まで感じたことがないとても爽やかな風が山から降りてきている。気持ちいい!
ここが一番のパワースポットと言われているのがわかる。
ずっとここにいたい気持ちになった。


最後に一之御柱。本宮一之御柱がいちばん格式が高いんだって。
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最後に訪れたのは、そこから車で5分くらい?の諏訪市豊田の千鹿頭神社(ちかとうじんじゃ)。上社の摂社。
前日 上諏訪神社の観光案内所で聞いた時は「峠入口」のバス停で降りて山のほうへ歩くと言われたところ。
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手水舎と思われる
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水神と彫ってある石
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由緒書きの看板を探したけど、見つからない。
拝殿。額は「濱南宮」と書いてある。
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千鹿頭神社は5社あるらしく、ここはそのうちのひとつ。
他には、松本市千鹿頭山、諏訪郡茅野町下河原、諏訪郡富士見町に2社。

周囲に摂社末社がいくつかあった。
御社宮司社以外は名前チェックするの忘れてたよ〜
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御柱もありました。
うっかり 二之御柱を撮るのを忘れちゃった。
写真は1と3と4。
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神社巡りはここまで。
ランチに連れて行ってくれたのは、養命酒製造(株)がプロデュースする「くらすわ」。
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諏訪湖が見えてめっちゃオシャレ!!大人気店なのがわかる。
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ランチメニューはこだわり野菜のサラダバーとドリンクバーがセット。パンも食べ放題。
これは公式サイトからの写真。
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どれもこれもおいしくて幸せになりました(^^)
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これでおしまい。
今回Rちゃん夫妻の援助がなければ、まちがいなく、小袋石・旧大祝邸跡・千鹿頭神社は行けてない。
いっぺんにたくさん回れて本当に嬉しかった。ますますもっと知りたくなったぞ(笑)
本当にありがとうございました。

青春18きっぷなので、帰りももちろん各駅停車。
見るだけでも貴重なめったに来ない「はまかいじ」が来たよ。
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松本〜甲府〜八王子〜横浜と乗り換えなしで行ける便利な特急。
観光シーズンや繁忙期の土曜日・日曜日・祝日で1日1往復。
そんなにめったにない電車。昨日もたしか見たな。
あ〜これに乗れたらラクなのにな(笑)青春18では乗れない。

青春18きっぷでも乗れる「ホリデー快速ビューやまなし号(新宿行)」に乗車。
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到着した時点で満員だった。
どうせ立ったままなら2階がいいやと思い、行ってみると、こんな状態。
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でもね、どこか忘れたけど次の駅で座れたの(^^)v

家に着いて、すごいことに気がついた。
今年に入ってからずーっと痛かった左腕の痛みが激減してる!!
背中に手はまだ届けないけど、肩を回しても痛くないのだ。不思議。
土曜の夜は確かにまだ痛かった。
この日 行った場所が良かったのかな。これがご利益なのかな。
神様、どうもありがとう。
日記を書いている今日(9/17)痛みは戻ってきました。

前日9/8 諏訪大社下社春宮・秋宮/みそ天丼・千人風呂の日記はこちら

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